2026年9月16日、厚生労働省はアルツハイマー病の治療薬「レケンビ」(一般名:レカネマブ)の皮下注射製剤を承認しました。これまでは2週間に1回、病院に通って約1時間の点滴を受ける必要がありましたが、今後は自宅で週に1回、1本あたり約15秒の注射で治療を続けられるようになります。米国・中国に続く世界3例目の承認で、早ければ年内にも使えるようになる見込みです。
「認知症の特効薬」「救世主」という言葉がニュースに躍ります。けれども、レケンビは認知症を治す薬ではなく、使える人も限られています。このコラムでは、薬のしくみ、臨床試験の数字の正しい読み方、副作用、費用、そして皮下注製剤の承認で「何が変わり、何が変わらないのか」を、最新の医学情報と行政情報をもとに整理します。
SECTION 01 結論を先に——3つ
- 1「救世主」ではありません。ただし「病気の進み方そのものに働く、初めての薬」ではあります。1,795人の臨床試験で、18か月の間の悪化を27%(CDR-SBという指標で0.45点)ゆるめました。治る薬・元に戻る薬ではなく、「悪くなる速さをゆるめる薬」です。
- 2使えるのは「早期」のアルツハイマー病だけで、認知症全体から見るとごく一部です。日本の認知症の高齢者は約443万人、その手前のMCI(軽度認知障害)は約559万人(2022年推計)。このうち、原因がアルツハイマー病で、早期で、アミロイドの検査が陽性で、MRIや持病の条件も満たす人だけが対象です。海外の地域研究では、条件をすべて当てはめると該当者は8%程度でした。中等度以降の方は対象になりません。
- 3皮下注製剤で変わるのは「続けやすさ」です。効果の大きさ、対象になる人、副作用、MRI検査の必要性は変わりません。2週に1回の通院と1時間の点滴が、自宅での週1回・約30秒の注射に置き換わります。通院に付き添う家族の負担が大きく減る一方で、脳のむくみや出血(ARIA)を見つけるMRI検査は、これまで通り必要です。
SECTION 02 なぜ「救世主」と呼ばれるのか——数字の背景
厚生労働省の研究班(九州大学・二宮利治教授、福岡県久山町など4地域の調査)の推計では、2022年の認知症の高齢者は約443万人、MCIは約559万人で、合わせて1,000万人を超えます。65歳以上のおよそ3.6人に1人です。2040年には認知症が約584万人、MCIが約613万人になると見込まれています。
この数の大きさに対して、薬の側はずっと止まっていました。1999年に発売されたドネペジル(アリセプト)以降、日本で使える認知症の薬は「症状を一時的に和らげる薬」だけで、病気の進み方そのものを変える薬は20年以上ありませんでした。そこに2023年9月、レカネマブ(レケンビ)が「アルツハイマー病による軽度認知障害および軽度の認知症の進行抑制」という効能で承認され、12月に保険適用になりました。2024年には2つめの薬ドナネマブ(ケサンラ)も続きました。
「進行抑制」という言葉が承認された薬は、日本ではこれが初めてです。期待が集まるのは当然です。ただ、その効果の大きさと、使える人の範囲を正確に知っておかないと、期待は失望に変わります。
図1 認知症の人の中で、レケンビの対象になる範囲。上から下へ絞り込まれていきます。「実際に投与を受けている人」は、国内売上(2025年4〜12月で179億円)を1人あたりの年間薬剤費で割った本記事の概算です。
SECTION 03 レケンビは何をする薬か——しくみを図で
アルツハイマー病では、症状が出る10〜20年前から「アミロイドβ(ベータ)」というたんぱく質が脳にたまり始めます。アミロイドβ自体は誰の脳でも毎日つくられる、ふつうのたんぱく質です。若いうちは分解されて残りませんが、年齢とともに処理が追いつかなくなると、溶けたままくっつき合って小さな塊(オリゴマー、さらに大きくなるとプロトフィブリル)になり、最後には固まって「老人斑(プラーク)」になります。
レカネマブは、この「溶けたまま大きくなりかけた塊(プロトフィブリル)」に強くくっつくようにつくられた抗体です。固まったプラークにも結合します。抗体がくっついたアミロイドは、脳の免疫細胞(ミクログリア)にとっての「目印」になり、片付けられていきます。臨床試験では、投与18か月でアミロイドPETの値がプラセボ(偽薬)に比べて59.1センチロイド減り、平均値は77.9から23.0へ、「陽性」の目安である30を下回りました。
図2 アルツハイマー病が進む流れと、レケンビが働く場所。レケンビは2・3の段階のアミロイドを除去しますが、4・5まで進んだ変化を元に戻すことはできません。
アミロイドは病気の「火種」です。しかし症状が出るころには、火種から燃え移った「タウ」というたんぱく質のもつれと炎症が神経細胞の中に広がり、細胞がすでに減り始めています。火種を取り除いても、燃え広がった火事は自然には消えません。だから、火事がまだ小さい早期でしか効果が期待できず、効いたとしても「進む速さがゆるむ」までにとどまります。
アミロイドは脳の血管の壁にも沈着しています(脳アミロイド血管症)。抗体はここのアミロイドも除去するため、血管の壁が一時的に弱く・漏れやすくなり、周りの脳にむくみ(ARIA-E)や小さな出血(ARIA-H)が起きます。効き目と副作用が同じ根から出ている点が、この薬を難しくしています(詳しくはSECTION 05)。
SECTION 04 統計学的な効果を正確に読む——「27%」の中身
Clarity AD試験の設計
承認の根拠になった臨床試験がClarity ADです。50〜90歳の早期アルツハイマー病(MCIまたは軽度の認知症で、アミロイドの検査が陽性)1,795人を、レカネマブ群898人とプラセボ群897人にくじ引きで分け、18か月間、2週に1回の点滴を続けました。主要評価項目はCDR-SBという指標で、記憶・見当識・判断力・社会適応・家庭生活・介護状況の6項目を0.5点刻みで足し合わせた0〜18点の尺度です。点数が上がるほど悪化を意味します。
結果:悪化は「27%」少なかった
18か月後、CDR-SBはプラセボ群で1.66点、レカネマブ群で1.21点悪化しました。差は0.45点(95%信頼区間 −0.67〜−0.23)で、プラセボの悪化を100とするとレカネマブ群は73、つまり27%の抑制です。認知機能テスト(ADAS-Cog14)では26%、日常生活動作(ADCS MCI-ADL)では37%の抑制でした。
図3 Clarity AD試験の3つの指標。いずれもプラセボ群より悪化が少なく、統計学的に有意でした。ただし「差」の絶対値は小さく、レカネマブ群も悪化はしています。
その差は「意味のある大きさ」なのか
ここが最も議論のある点です。CDR-SBで「患者さんや家族が実感できる最小の差」は、過去の研究でMCIの人で約1点、軽度認知症の人で約2点と見積もられています。0.45点はこれより小さい数字です。一方で、0.45点は集団の平均であり、よく効いた人と効かなかった人が混ざっています。また18か月という試験期間の中での差であり、それ以上続けたときにどうなるかは別の問題です。
図4 「27%遅らせる」を時間に換算したもの。18か月の時点では約5.3か月分、プラセボが18か月かけて到達した悪化にレカネマブ群が達するまでには約7.5か月の遅れ、という計算になります。
長く続けるとどうなるか——4年のデータと、その読み方の注意
18か月のコア試験を終えた人の95%が、全員がレカネマブを使う延長試験(OLE)に進みました。478人が4年間投与を続け、外部の観察研究(ADNI)から病気の自然経過を推定した対照と比べると、CDR-SBの差は18か月で0.52点、3年で1.01点、4年で1.75点と広がりました。脳のタウの蓄積が少ない人では、4年後もCDR-SBが悪化していない人が69%、改善していた人が56%いたと報告されています。
ただし、この「4年の効果」は、くじ引きで分けたプラセボ群との比較ではありません。全員が薬を使い、比較相手は別の研究のデータです。試験を続けられた人だけが残る「生存バイアス」や脱落の影響も受けます。2026年5月には英国の研究者らが、延長試験のデータだけでは「病気の経過を変えた」とまでは言い切れないと専門誌で指摘しています。「4年で1.75点」は希望を持てる数字ですが、「18か月で0.45点」と同じ重さのエビデンスではありません。
- 27%と0.45点:同じ結果の言い換えです。「プラセボの悪化1.66点に対して差が0.45点」を割合にしたものが27%です。
- 5.3か月と7.5か月:どちらも18か月の結果を時間に換算したものですが、測り方が違います。5.3か月は「18か月時点でプラセボの何か月前の状態か」、7.5か月は「プラセボの18か月分の悪化にレカネマブ群が達するまでの遅れ」です。
- 0.45点と1.75点:期間(18か月と4年)と比較相手(くじ引きのプラセボ群と、外部データの推定)が違います。後者はエビデンスとしては弱い比較です。
- 27%(レケンビ)と22〜35%(ケサンラ):試験も指標も対象者も違うため、この数字で優劣は決められません。
遺伝子で効き方が違う——ApoE4という体質
ApoE(アポイー)という遺伝子には数種類あり、「ε4(イプシロン4)」を持つ人はアルツハイマー病になりやすいことが知られています。両親から1つずつ、合計2つのε4を持つ人(ホモ接合体)は、Clarity ADの追加解析で効果が示せず(CDR-SBの差 +0.28)、副作用ARIAの頻度も突出して高い結果でした。ε4を持たない人では差が−0.75、1つ持つ人では−0.50でした。この結果を受けて、EUは2025年、ホモ接合体の人を投与対象から外した形で承認しています。英国では承認はされたものの、公的医療(NHS)での使用は費用対効果の面から推奨されませんでした。
SECTION 05 副作用——ARIAを正しく怖がる
ARIA(アリア)は「アミロイド関連画像異常」の略で、脳のむくみ(ARIA-E)と、微小出血や脳の表面への鉄の沈着(ARIA-H)に分かれます。Clarity ADでは、ARIA-Eはレカネマブ群の12.6%(プラセボ群1.7%)、ARIA-Hは17.3%(同9.0%)に起きました。ただし多くは症状がなく、MRIでだけ見つかるものでした。頭痛・混乱・視覚の異常・ふらつき・けいれんなどの症状を伴ったARIA-Eは2.8%です。点滴中の発熱や悪寒などの「注入反応」は26.4%(同7.4%)で、初回に多く、ほとんどが軽症でした。
死亡は試験の18か月間でレカネマブ群0.7%、プラセボ群0.8%と差はありませんでしたが、延長試験では、大きな脳出血で亡くなった例が報告されています。特に、抗凝固薬(血をサラサラにする薬)を飲んでいる人や、脳梗塞の治療で血栓を溶かす薬(t-PA)を使った人で重い出血が起きた症例報告があり、これが「抗凝固薬は慎重に」という決まりの根拠になっています。
図5 ARIA-E(脳のむくみ)の頻度。ApoE4を2つ持つ人では3人に1人に起きます。日本の実臨床では治験より低い頻度で、全員が無症状でした。
日本の実臨床では——東京都健康長寿医療センターの120人
2026年4月に発表された国内の報告では、2023年12月から2025年11月までにレカネマブを始めた120人を最長1年半追跡したところ、ARIAは20%(ARIA-Eが4%、ARIA-Hのみが16%)に起き、いずれも症状はありませんでした。治験より低い頻度です。初回の注入反応は28%でしたが全員が軽症、18か月に達する前に中止した人は16%で、理由として最も多かったのは「症状の進行」でした。同じ報告は、ApoE4の保有、MMSEの低さ、白質病変、アミロイドの蓄積量に加えて、血液中のGFAPという炎症の指標が高い人でARIAが起きやすいことを世界で初めて示しています。
- ARIAは投与開始から14週以内に多いため、この期間は特に注意します。
- 症状がなくても、5回目の投与前(開始後2か月まで)、7回目の投与前(3か月まで)、14回目の投与前(6か月まで)にMRIを撮り、以降も定期的(最適使用推進ガイドラインでは6か月に1回)に撮ります。
- MRIで中等度以上のむくみ、1cmを超える出血などが見つかれば、投与をいったん止めます。
- 投与中に頭痛・混乱・ふらつき・視覚の異常・けいれんが出たら、次の予約を待たずに連絡します。皮下注製剤で自宅投与になっても、この点は変わりません。
SECTION 06 誰が使えるのか——最適使用推進ガイドライン
レケンビは、厚生労働省が定めた「最適使用推進ガイドライン」に沿ってしか使えません。患者さんの条件と、病院の条件の両方があります。
図6 対象になるかどうかの流れ。1つでも「いいえ」があれば対象外です。図はガイドラインの要点を一般向けに整理したもので、最終的な判断は専門医が行います。
病院の側の条件
投与できるのは、認知症の診療経験が十分な専門医(脳神経内科・精神科・脳神経外科など)が常勤し、MRIを備え、ARIAが起きたときに対応できる体制を持ち、関連学会の研修を受けた施設に限られます。福岡市では、認知症疾患医療センターに指定されている九州大学病院と福岡大学病院をはじめ、基準を満たす病院が対応しています。入口は、かかりつけ医からの紹介です。
投与の期間
投与は原則18か月です。6か月ごとに認知機能検査と本人・家族からの聞き取りで効果を評価し、効果が期待できないと判断された場合や中等度以降に進んだ場合は中止を検討します。18か月を超えて続けるかどうかは、そこまでの経過・効果・副作用をふまえて判断します。米国などでは18か月後に「4週に1回」の維持投与が承認されていますが、日本の点滴製剤は2週に1回のままです(2026年9月時点)。
実際に条件を満たす人はどれくらいか
米国メイヨークリニックの地域研究では、MCIまたは軽度認知症でアミロイドが陽性だった237人に、Clarity ADの参加条件と除外条件をそのまま当てはめると、条件を満たしたのは8%でした。日本の東京都健康長寿医療センターでも、相談に来て投与に至らなかった人の主な理由は「重症度が高く適応外」と「副作用の懸念や通院負担による辞退」でした。「認知症の薬」ではなく「早期アルツハイマー病の、条件を満たす人の薬」と言うほうが正確です。
アミロイドの確認は現在、アミロイドPET(保険適用、専用の設備が必要)か、腰から針を刺す髄液検査で行います。血液中の「p-tau217」というたんぱく質を測る検査は、米国で2025年に承認され、日本でも2026年3月に発表された多施設研究で髄液検査と同等の精度が示されました。検査薬は日本でも承認申請中(富士レビオが2025年、ロシュが2026年8月6日に申請)ですが、2026年9月時点では投与の判定に使えません。承認されれば、「調べてもらう」ハードルは大きく下がります。
SECTION 07 費用と制度——1人あたり年間約250万円の薬をどう扱うか
レケンビの薬価は、2025年11月1日から15%引き下げられ、500mg瓶が97,277円、200mg瓶が38,910円です(それまでは114,443円と45,777円)。体重50kgの人で1回500mg、年間26回の点滴を受けると薬剤費は約253万円(引き下げ前は約298万円)です。これに、アミロイドPETやMRI、診察の費用が加わります。
引き下げの根拠は「費用対効果評価」です。国立保健医療科学院の公的分析では、効果(生活の質を加味した生存年、QALY)1年あたりの追加費用(ICER)が500万円になる薬価は、現行の薬価を大きく下回りました。中医協は、価格調整の下限である「85%」まで下げることを決めています。このとき「介護費用が減る効果」を薬価に反映するかが議論になりましたが、方法が確立していないとして、今回は反映されませんでした。2024年11月に保険適用になったケサンラ(ドナネマブ、350mg瓶66,948円)も、2026年8月26日の中医協で費用対効果評価による引き下げが了承されています。
| 項目 | 内容(2026年9月時点) |
|---|---|
| 薬価(点滴) | 500mg瓶 97,277円/200mg瓶 38,910円(2025年11月1日改定)。皮下注製剤の薬価はこれから決まります。 |
| 年間の薬剤費 | 体重50kgで約253万円(10mg/kg×26回)。体重が重いほど高くなります。 |
| 自己負担 | 年齢・所得に応じた1〜3割。高額療養費制度で月ごとの上限があり、実際の負担は上限額までです。上限額は年齢・所得で異なり、2026年8月に見直されています。 |
| 検査の費用 | アミロイドPET・MRI・ApoE遺伝子検査などは別に必要です。アミロイドPETと髄液検査は、投与の要否を判断する目的で保険が使えます。 |
| 国の対応 | 「高額医薬品(認知症薬)」として、投与の記録・6か月ごとの評価・全例調査・市場規模の監視を条件に保険適用。費用対効果評価で15%引き下げ。 |
| 国内の使われ方 | エーザイの国内売上は2025年4〜12月で179億円。1人あたりの年間薬剤費で割ると、投与を受けている人は1万人規模と推計されます(本記事の概算)。 |
自己負担が「上限額まで」で済むのは高額療養費制度のおかげですが、薬剤費の大部分は保険料と税金でまかなわれています。「効果は小さいが確かにある薬」に、社会としてどこまで費用をかけるかは、患者さん個人の問題ではなく、私たち全員の問題です。費用対効果評価は、そのための道具の一つです。
SECTION 08 皮下注製剤の承認の意義——何が変わり、何が変わらないか
今回承認された皮下注製剤は、ペン型の注入器(オートインジェクター)で、週1回、250mgのペンを2本、合計500mgを皮下に注射します。1本あたり約15秒で、本人または家族が自宅で打てます。臨床試験では、週1回500mgの皮下注は、2週に1回10mg/kgの点滴と薬の暴露量が同等(比104%)で、アミロイドの除去・CDR-SBの効果・ARIA-Eの頻度はいずれも「投与経路ではなく暴露量で決まる」ことが示されました。注射部位以外の全身性の反応は2%未満でした。点滴から皮下注へ、またはその逆への切り替えもでき、打ち忘れた場合は翌日から6日後までの間に打てます。
図7 点滴と皮下注の比較。緑の太字が皮下注で変わる点です。効果・対象・MRI・副作用のリスクは変わりません。
変わること——5つ
- 1通院の回数。投与のための通院が1年に26回から0回になります。診察とMRIのための通院は残りますが、頻度は大きく減ります。
- 21回にかかる時間。点滴は約1時間に加えて、準備や投与後の観察、待ち時間がかかります。皮下注は2本で約30秒です。
- 3病院の受け入れ能力。点滴のベッドと看護師の時間が空くため、病院がより多くの人を受け入れられる可能性があります。これまでは「投与できる枠」が地域によっては足りていませんでした。
- 4付き添う家族の負担。受診には家族の同伴が求められるため、2週に1回の半日を家族が確保する必要がありました。働いている子ども世代にとって、これは治療を続けるうえで大きな壁でした。
- 5通院が難しい地域・人へのアクセス。投与できる病院が遠い地域や、車の運転をやめた方でも、治療を続けやすくなります。
変わらないこと——5つ
- 1効果の大きさ。薬の暴露量が同じなので、効き方は点滴と同じです。「自宅で打てる」ことと「よく効く」ことは別です。
- 2対象になる人。早期アルツハイマー病、アミロイド陽性、MMSE22点以上といった条件は同じです。中等度以降の方が使えるようになるわけではありません。
- 3MRIによる監視。ARIAは自覚症状がないまま起きるため、決められた時期のMRIは必要です。特に最初の14週は自宅で打っていても病院とのつながりが欠かせません。
- 4費用。皮下注製剤の薬価はこれから決まります。点滴と同じ薬の量を使うため、薬剤費が大きく下がることは考えにくいでしょう。
- 5ARIAのリスクと、気づく責任。病院で点滴していれば看護師が気づいた症状に、自宅では本人と家族が気づく必要があります。頭痛・混乱・ふらつき・視覚の異常・けいれんは、次の受診を待たずに連絡するサインです。
世界の動きと、日本の発売時期
皮下注製剤は米国で2025年8月に18か月後の維持療法(360mg週1回)として承認され、2026年7月には治療開始時から使える初期療法(500mg週1回)が承認、8月下旬に発売されました。中国では2026年9月3日に承認され、日本は9月16日、世界で3例目です。日本での発売は薬価が決まった後で、メーカーは2026年内を目指しています。
自宅で注射を続ける人が出てくると、注射の手技、薬の冷蔵保管、ARIAのサインの確認を、訪問看護が支える場面が想定されます。ただし、最適使用推進ガイドラインの皮下注製剤への対応、在宅自己注射の指導管理が保険でどう評価されるか、薬価はいくらか、といった運用の詳細は2026年9月時点ではこれからです。「自宅で打てる」薬が「在宅医療の薬」になるかどうかは、この運用次第です。決まり次第、当院のコラムでもお伝えします。
SECTION 09 「救世主か」に正直に答える——5つの問い
| 問い | 答え | 根拠 |
|---|---|---|
| 認知症は治りますか | いいえ | 失われた神経細胞は戻りません。治験でもレカネマブ群は悪化しています(悪化が少ないだけです)。 |
| 進行は止まりますか | いいえ | 18か月で悪化を27%ゆるめました。「止まる」ではなく「ゆるむ」です。 |
| どれくらい遅れますか | 数か月〜数年 | 18か月で約5か月分。4年でCDR-SB 1.75点の差(外部データとの比較)。重度になるまでの時間をモデルで推計した研究では2.5〜3.7年の遅れですが、これは計算上の推定です。 |
| 誰でも使えますか | いいえ | 早期のアルツハイマー病で、検査・MRI・持病の条件を満たす人だけ。条件を当てはめると該当者の8%程度という研究があります。 |
| 予防に使えますか | まだ分からない | 症状のない段階でアミロイドがたまり始めた人を対象にした試験(AHEAD 3-45)が進行中で、結果はまだ出ていません。現時点で予防目的には使えません。 |
「救世主」ではなく「時間を買う薬」と呼ぶのが、いちばん正確だと私たちは考えています。買える時間は、平均すれば数か月から、うまくいけば数年。その時間を何に使うか——家族と過ごす、仕事を整理する、財産や医療の希望を決めておく、生活の環境を整える——で、薬の価値は決まります。そして、その準備は薬を使えない人にも同じように必要です。
訪問診療の現場から見たレケンビ——「使えない」と正直に伝えることも、医療です
ふくろう訪問クリニックは、認知症・精神科・緩和ケアを専門に、通院が難しくなった方のご自宅に伺う診療所です。レケンビについて、私たちは次のように考えています。
- 1訪問診療を受けている認知症の方の多くは、レケンビの対象になりません。通院が難しくなった段階は、多くの場合すでに中等度以降です。「新しい薬が出た」というご家族の期待に、「対象外です」と理由とともに正直にお伝えすることも、私たちの仕事だと考えています。
- 2「最近もの忘れが増えた」というご家族の一言を、早期発見の入口として扱います。ご本人が対象外でも、そのご家族(子ども世代や配偶者)が早期であれば、選択肢があります。かかりつけ医、認知症疾患医療センター(九州大学病院・福岡大学病院)への紹介の道筋をお伝えします。
- 3皮下注製剤の在宅投与が始まれば、訪問看護で支える準備をします。注射の手技、冷蔵保管、ARIAのサイン(頭痛・混乱・ふらつき)の確認は、訪問看護の得意な領域です。制度の詳細が決まり次第、ふくろう訪問看護リハビリステーションと体制を整えます。
- 4薬が使えない大多数の方にこそ、できることがあります。せん妄や行動・心理症状(BPSD)への対応、身体の病気の治療、飲んでいる薬の整理、ご家族の休息(レスパイト)、そして最期までの過ごし方の相談。レケンビがあってもなくても、認知症の方が家で暮らし続けるための医療が、当院の本業です。
ふくろう訪問クリニック 院長 上松 正和
SECTION 10 場面別の早見表——こんなとき、どう考えるか
| 場面 | 考え方 |
|---|---|
| 70代。最近もの忘れが増えたが、買い物も家事も一人でできる | 早期の可能性があります。まずかかりつけ医に相談し、必要なら専門医へ。対象になりうる段階です。 |
| 要介護2。家族の顔は分かるが、日付や場所があいまいで、火の始末が心配 | 中等度の段階で、対象外です。介護サービスと、周辺症状への対応が中心になります。 |
| 訪問診療を受けている。ほぼ寝たきり | 対象外です。「使えない」ことを前提に、快適に過ごすための医療を組み立てます。 |
| 脳出血の既往がある/ワーファリンなど抗凝固薬を飲んでいる | 除外または慎重投与です。出血のリスクが高く、専門医が個別に判断します。 |
| ApoE4を両親から1つずつ受け継いでいると言われた(ホモ接合体) | ARIA-Eが約3人に1人に起き、効果も示せていません。EUは対象外としています。慎重な相談が必要です。 |
| 血液検査でアミロイドを調べたい | 日本では2026年9月時点で未承認(申請中)。判定にはアミロイドPETか髄液検査が必要です。 |
| 費用が心配 | 自己負担は高額療養費の上限額までです。検査費用は別途かかります。病院の相談窓口で試算してもらえます。 |
| 通院が難しい(車がない、家族が仕事で付き添えない) | 皮下注製剤(年内発売見込み)で通院の負担は大きく下がります。診察とMRIの通院は残ります。 |
| 点滴で18か月を終えた | 効果と副作用を評価したうえで続けるかを判断します。日本では点滴は2週に1回のままで、皮下注製剤が続けやすい選択肢になります。 |
| 投与中に頭痛・混乱・ふらつきが出た | ARIAの可能性があります。次の予約を待たず、投与している病院に連絡してMRIを受けてください。 |
| 「認知症を予防したい」健康な60代 | レケンビは使えません。予防で根拠があるのは運動・血圧管理・難聴への対応・禁煙などの生活習慣です。 |
| レビー小体型認知症、血管性認知症と診断されている | 対象外です。レケンビはアルツハイマー病によるものだけが対象です。 |
SECTION 11 よくある質問
治りません。失われた神経細胞は戻らず、治験でもレカネマブ群は18か月で悪化しています。プラセボ群より悪化が27%少なかった、というのが正確な効果です。「治る」「良くなる」と説明する情報があれば、それは正しくありません。
18か月の時点で約5か月分の遅れ、という換算になります。プラセボ群が18か月で到達した悪化に達するのは約7.5か月遅れです。長く続けた延長試験では差が広がっていますが、くじ引きで分けた比較ではないため、確かさは18か月のデータより劣ります。家族が「変わった」と実感できる差ではない可能性も、正直にお伝えします。
承認された皮下注製剤はペン型のオートインジェクターで、本人または家族が自宅で打つことを前提にしています。メーカーは、早期アルツハイマー病の当事者50人と介護者50人に訓練用の器具を使ってもらった調査も公表しています。ただし、最初は病院で指導を受け、ARIAのサインを家族が知っておくことが前提です。訪問看護がどう関わるかは、制度の運用が決まり次第です。
薬剤費は体重50kgで年間約253万円(点滴の場合)ですが、自己負担は1〜3割で、さらに高額療養費制度の月ごとの上限額までです。上限額は年齢と所得で異なり、2026年8月に見直されています。アミロイドPETやMRIの費用は別にかかります。皮下注製剤の薬価はこれから決まります。
18か月の治験では、死亡はレカネマブ群0.7%、プラセボ群0.8%で差はありませんでした。ただし延長試験や実臨床で、脳出血による死亡例が報告されており、抗凝固薬を飲んでいる人や、脳梗塞の治療で血栓を溶かす薬を使った人で重い出血が起きた症例報告があります。ARIAの多くは無症状でMRIでしか分かりませんが、決められたMRIを受け、症状が出たらすぐ連絡することで、重い経過は避けやすくなります。
多くの場合、使えません。通院が難しくなった段階は中等度以降のことが多く、対象はMMSE22点以上の早期に限られるためです。皮下注製剤で「自宅で打てる」ようになっても、対象の条件は変わりません。ご家族の期待に沿えない答えですが、対象外であることを前提に、ご本人が家で穏やかに過ごすための医療を一緒に考えます。
SECTION 12 ご利用・採用のご案内
- 通院が難しくなった方のご自宅・施設に医師が伺います
- 認知症の周辺症状、せん妄、身体合併症、薬の整理、ご家族の相談に対応
- 24時間の連絡体制。急変時の往診、看取りまで
- レケンビの適応の可能性がある方には、専門医療機関への紹介の道筋をご案内します
ご相談は、ご本人・ご家族・ケアマネジャー・病院の連携室のどなたからでも受け付けています。
電話 092-407-7337 / https://fukurou.fukuoka.jp/
- 認知症の方の生活の観察、服薬の確認、ご家族への助言
- 在宅での注射・点滴・処置の管理と、副作用のサインの早期発見
- リハビリ、転倒予防、環境の調整
- 医療保険・介護保険のどちらでも利用できます(主治医の指示書が必要です)
クリニック以外の主治医の指示でも訪問できます。まずはお電話ください。
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SECTION 13 参考文献・資料
- van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, et al. Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease. N Engl J Med. 2023;388(1):9-21. doi:10.1056/NEJMoa2212948. PMID: 36449413.
- van Dyck CH, Sperling R, Johnson K, et al. Long-term safety and efficacy of lecanemab in early Alzheimer’s disease: Results from the Clarity AD open-label extension study. Alzheimers Dement. 2025;21(12):e70905. doi:10.1002/alz.70905. PMID: 41355080.
- エーザイ株式会社・バイオジェン. 「レケンビ」の4年間の継続治療により早期アルツハイマー病当事者様に対するベネフィットが継続、拡大することを示す臨床データをAAIC 2025において発表. 2025年7月31日. https://www.biogen.co.jp/news/2025-07-31-news3.html
- Hazan J, Liu KY, Howard R. Clarity AD open-label extension data do not robustly confirm disease course modification by lecanemab in ApoE4 heterozygotes and non-carriers. J Prev Alzheimers Dis. 2026;13(7):100587. doi:10.1016/j.tjpad.2026.100587. PMID: 42096938.
- Andrews JS, Desai U, Kirson NY, Zichlin ML, Ball DE, Matthews BR. Disease severity and minimal clinically important differences in clinical outcome assessments for Alzheimer’s disease clinical trials. Alzheimers Dement (N Y). 2019;5:354-363. doi:10.1016/j.trci.2019.06.005.
- Williams T, et al. Simulation of long-term lecanemab treatment effect on Alzheimer’s disease progression. Alzheimers Dement (N Y). 2026. doi:10.1002/trc2.70274. PMID: 42339400.
- Pittock RR, Aakre JA, Castillo AM, et al. Eligibility for Anti-Amyloid Treatment in a Population-Based Study of Cognitive Aging. Neurology. 2023;101(19):e1837-e1849. doi:10.1212/WNL.0000000000207770.
- Shimasaki R, Kurihara M, Bannai T, et al. Amyloid-Related Imaging Abnormalities in Japanese Patients with Alzheimer’s Disease Treated with Lecanemab: A Real-World Study. J Prev Alzheimers Dis. 2026. doi:10.1016/j.tjpad.2026.100562.(東京都健康長寿医療センター プレスリリース 2026年4月13日 https://www.tmig.or.jp/research/news/nid00001371.html)
- Reish NJ, Jamshidi P, Stamm B, et al. Multiple Cerebral Hemorrhages in a Patient Receiving Lecanemab and Treated with t-PA for Stroke. N Engl J Med. 2023;388(5):478-479. doi:10.1056/NEJMc2215148.
- Sims JR, Zimmer JA, Evans CD, et al. Donanemab in Early Symptomatic Alzheimer Disease: The TRAILBLAZER-ALZ 2 Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;330(6):512-527. doi:10.1001/jama.2023.13239.
- Ishiguro T, Kurihara M, Nishida Y, et al. Prospective study on clinical utility of plasma p-Tau217 and other biomarkers in Japanese memory clinics using the LUMIPULSE platform. Alzheimers Res Ther. 2026(2026年3月3日オンライン公開). 新潟大学脳研究所 プレスリリース https://www.bri.niigata-u.ac.jp/research/result/002417.html
- 厚生労働省. 最適使用推進ガイドライン レカネマブ(遺伝子組換え)(販売名:レケンビ点滴静注200mg、同500mg). 令和5年12月(医薬薬審発1219第2号). https://www.mhlw.go.jp/content/001180610.pdf
- エーザイ株式会社. レケンビ点滴静注200mg/500mg 電子添文(KEGG MEDICUS収載). https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00071040
- 厚生労働省 中央社会保険医療協議会. 高額医薬品(認知症薬)に対する対応について. 2023年12月. https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001167625.pdf
- 国立保健医療科学院 保健医療経済評価研究センター. レカネマブ(レケンビ点滴静注)に関する公的分析の結果[第1.0版 2025年3月7日]. https://c2h.niph.go.jp/results/C2H2308/C2H2308_Report.pdf
- 中央社会保険医療協議会総会(2025年7月9日・8月6日). レケンビの費用対効果評価結果と薬価(2025年11月1日改定:200mg 38,910円、500mg 97,277円).
- 厚生労働省. 認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計(令和5年度老人保健事業推進費等補助金、九州大学 二宮利治教授). https://www.mhlw.go.jp/content/001279920.pdf
- 認知症施策推進基本計画. 令和6年12月閣議決定. https://www.mhlw.go.jp/content/001344090.pdf
- エーザイ株式会社・バイオジェン. 早期アルツハイマー病治療剤「レケンビ」の皮下注製剤を日本において承認申請. 2025年11月28日. https://www.eisai.co.jp/news/2025/news202582.html
- エーザイ株式会社・バイオジェン. 「レケンビ」皮下注オートインジェクター、早期アルツハイマー病において静脈内投与製剤と同等の有効性および安全性を支持する臨床データをAAIC 2026で発表. 2026年7月13日. https://www.eisai.co.jp/news/2026/news202638.html
- エーザイ株式会社・バイオジェン. 抗Aβ抗体「レケンビ」の皮下注射製剤「LEQEMBI IQLIK」が早期アルツハイマー病に対する初期療法として米国FDAより承認取得. 2026年7月14日. https://www.eisai.co.jp/news/2026/news202640.html
- エーザイ株式会社. 「レケンビ」の皮下注射製剤、早期アルツハイマー病に対する初期療法として中国で承認取得. 2026年9月3日(適時開示).
- 厚生労働省薬事審議会医薬品第一部会(2026年8月26日)でのレケンビ皮下注製剤の承認了承、および2026年9月16日の承認(日刊薬業 2026年8月26日・9月16日、共同通信・日本経済新聞 2026年9月16日報道).
- 福岡市認知症疾患医療センター(九州大学病院・福岡大学病院). https://fukuoka-city-dementia-center.jp/center/
この記事は2026年9月16日時点の情報に基づいています。皮下注製剤の薬価、発売日、最適使用推進ガイドラインの改訂、血液検査の承認などは今後変わる可能性があります。治療の適応は、必ず専門の医療機関でご相談ください。

