腎臓と吐き気にやさしく設計された、シスプラチンの「弟」
第7回のシスプラチンは、よく効く一方で腎臓を傷め、ほぼ全員を吐かせる薬でした。その弱点を消すために、300を超える白金化合物の中から選ばれたのがカルボプラチンです。 卵巣がんの「TC療法」の「C」として、肺がん・乳がん・頭頸部がんの土台として、外来の点滴室でいちばん顔を見る薬のひとつ。量を腎臓の働きで決める理由と、血小板とアレルギーの見張り方を書きます。
この回の結論
- カルボプラチンは、シスプラチン(第7回)の腎臓と吐き気の副作用を減らすために、300以上の白金化合物の中から選ばれた「弟」です。1986年にカナダで、1990年に日本で承認されました。
- 卵巣がんでは、シスプラチンと効き目が変わらず副作用が軽いことが792人の試験で示され、パクリタキセルとの「TC療法」が世界の標準になりました。肺がん、頭頸部がん、乳がんにも広く使われます。
- 量は体重ではなく腎臓の働きから計算します。副作用の主役は血小板の減少と、回数を重ねてから出るアレルギー。精巣がんのように「治す」場面では、兄のシスプラチンに勝てないことも分かっています。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | カルボプラチン(パラプラチン注射液。後発品あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(白金製剤) |
| 主に使うがん | 卵巣がん(TC療法)、肺がん(非小細胞・小細胞)、頭頸部がん、子宮頸がん、乳がん(トラスツズマブ・タキサンと併用)、子宮体がん、小児固形腫瘍、悪性リンパ腫 |
| 使い方 | 点滴。3〜4週間ごとが基本で、外来で受けられる。量は腎臓の働きから計算する。シスプラチンのような大量の輸液はいらない |
| 日本での承認 | 1990年3月 |
| 薬価の目安 | パラプラチン注射液450mg 7,514円、150mg 3,001円、50mg 1,217円。後発品は450mgで4,877〜7,325円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:兄の弱点を消すために作られた
第7回のシスプラチンは、よく効く一方で、腎臓を傷め、ほぼ全員を吐かせる薬でした。 1970年代、英国の貴金属会社ジョンソン・マッセイと、ロンドンの英国がん研究所は、「効き目はそのままで、腎臓と吐き気にやさしい白金」を探し始めました。
合成された白金化合物は300を超えました。その中から、英国がん研究所と米国国立がん研究所、製薬会社が協力して選び出した一つが、カルボプラチンです。 白金の「腕」を、外れにくい形に変えた設計でした。
- 1970年代ジョンソン・マッセイ社が300以上の白金化合物を合成。英国がん研究所のハラップらが、腎毒性と抗腫瘍効果の両面から候補を絞る。
- 1981年ロンドンのロイヤル・マースデン病院で、人での最初の試験が始まる。
- 1985年ハラップが、候補の中からカルボプラチンを「シスプラチンに代わりうる化合物」として報告。
- 1986年カナダで世界初の承認。
- 1989年英国のカルバートらが、腎臓の働きから量を決める計算式を発表。「体重ではなく腎臓で決める」時代へ。
- 1990年日本で承認(頭頸部・肺小細胞・精巣・卵巣・子宮頸がん、悪性リンパ腫)。2000年に非小細胞肺がん、2011年に乳がんが加わる。
SECTION 02 どうやって効くのか:同じ白金、外れにくい腕
体の中でやることは、兄と同じです。白金の腕が設計図(DNA)の隣り合う文字をつかみ、コピーを止めます(第7回)。 違うのは腕の「留め具」です。シスプラチンの塩素はすぐ外れて働き始めますが、カルボプラチンの留め具はゆっくり外れます。
ゆっくり外れるぶん、腎臓の細い管や内耳にたまる前に、血液の中で仕事を終えて尿に出ていきます。 だから腎臓と耳を傷めにくく、吐き気も軽い。代わりに、骨髄への影響、とくに血小板の減少が前に出ます。
- 腎臓で量を決める薬がそのまま腎臓から出るので、腎臓の働きが落ちている人に同じ量を使うと血中濃度が上がりすぎます。血液検査の腎機能から、ねらったAUCになる量を毎回計算します。
- 大量の輸液がいらない兄は点滴の前後に1〜2リットルの輸液が必要でしたが、弟は通常の点滴で済みます。外来で受けられる大きな理由です。
- 血小板が減る点滴の2〜3週間後に底になります。あざや鼻血、歯ぐきの出血が合図です。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:卵巣がんの「TC」
2003年、米国の婦人科がん共同研究グループは、手術で腫瘍をほぼ取りきった卵巣がんの女性792人を、くじ引きで「シスプラチン+パクリタキセル」と「カルボプラチン+パクリタキセル」に分けました。 進行までの期間の中央値は19.4か月と20.7か月、生存期間は48.7か月と57.4か月で、弟の組は兄の組に劣らず、消化器・腎臓の副作用は少なく、外来で行いやすいと結論されました(Ozols ら、J Clin Oncol 2003)。
この結果で、カルボプラチンとパクリタキセルを3週間ごとに点滴する「TC療法」が卵巣がんの標準になり、日本の診療ガイドラインでも第一の選択肢です(がん情報サービス「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」)。
ただし、弟はいつでも兄の代わりになれるわけではありません。転移した精巣がん598人の比較試験では、カルボプラチンを使った組は再発が多く、 3年生存率は97%に対して90%と劣りました(Horwich ら、J Clin Oncol 1997)。「治す」ことをめざす場面では、兄が選ばれます。 肺がんの2,968人の解析でも、効き目はわずかに兄が上で、副作用の種類が違うという結果でした(Ardizzoni ら、J Natl Cancer Inst 2007)。
| 場面 | 選ばれやすいのは | 理由 |
|---|---|---|
| 卵巣がん | 弟(カルボプラチン) | 効き目が同じで、副作用が軽く、外来で行える |
| 精巣がん、治すことをめざす頭頸部・食道がん | 兄(シスプラチン) | 弟では再発が増える。若く体力のある人が多い |
| 肺がん | 場合による | 効き目はわずかに兄が上。腎臓・聴力・体力・年齢で弟を選ぶ |
| 高齢、腎臓の働きが落ちている | 弟 | 大量の輸液がいらず、腎臓と耳を傷めにくい |
表1 兄と弟の使い分けの目安(Ozols 2003、Horwich 1997、Ardizzoni 2007 と各学会ガイドラインによる)。最終的な選択は、がんの種類・病期・体の状態で主治医が決める。
添付文書の対象は、頭頸部がん、肺がん(小細胞・非小細胞)、精巣腫瘍、卵巣がん、子宮頸がん、悪性リンパ腫、小児固形腫瘍に、ほかの薬と組む条件で乳がん(2011年)、子宮体がん(2024年)が加わりました。 2026年1月には乳がんでペムブロリズマブ(第40回)との併用も認められています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:血小板とアレルギー
承認時から市販後までの6,218人の集計では、吐き気・嘔吐が51%、食欲不振が45%、白血球減少が56%、血小板減少が43%、脱毛が18%でした(添付文書)。 兄と比べると吐き気は少なく、腎障害と聴力低下はまれです。
血小板の減少は点滴の2〜3週間後に底になります。あざが増える、歯ぐきや鼻から血が出て止まりにくい、が合図です。この時期は硬い歯ブラシと激しい運動を避け、 転倒に気をつけます。白血球の減少も同じ時期で、発熱は待たずに連絡します。吐き気は兄より軽いですが、吐き気止めは予定どおり飲みます。
この薬に特有なのがアレルギー(過敏症)です。添付文書は「投与回数を重ねると発現頻度が高くなる傾向」を記しています。 6〜8回目以降に増えることが知られ、点滴中の発疹・かゆみ・息苦しさが出ることがあり、病院では前もって薬を使い、点滴中を見張ります。しびれは兄より軽いものの、パクリタキセルと組むと出ます(第9回)。
-
こんなときは点滴の2〜3週間後に、あざが増えた、鼻血や歯ぐきの出血が止まりにくい、黒い便が出たこうする血小板が減っている合図。その日のうちに病院へ連絡する
-
こんなときは点滴の1〜3週間後に37.5度以上の熱が出たこうする夜間・休日でも、その日のうちに病院へ電話する
-
こんなときは点滴の帰り道や翌日に、発疹・かゆみ・息苦しさが出たこうする遅れて出るアレルギーのことがある。その日のうちに連絡する。次回の点滴の前に必ず伝える
腎臓の働きが落ちている人は量を減らして使います。腎臓に負担のある薬(一部の抗菌薬や痛み止め)を家で足すときは、薬局で確かめてください。 過去に白金製剤でアレルギーが出た人は、必ず伝えてください。妊娠中は使えません。
卵巣がんのTC療法を外来で受けている方の家で、私たちが見るのは、腕や脚のあざと、歯みがきのときの出血です。 点滴の2〜3週間後は血小板の底なので、その週は転倒に気をつけてもらい、鼻血が10分止まらなければ電話と決めておきます。
「兄から弟に替わった」方も多く、腎臓の数値と聴力が理由です。吐き気が軽くなって食事が戻ったと喜ぶ方がいる一方で、しびれと血小板は続くので、見るところを切り替えます。
SECTION 05 薬価と自己負担:1回約9,000円
パラプラチン注射液は450mgが7,514円、150mgが3,001円、50mgが1,217円。後発品は450mgで4,877〜7,325円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 TC療法で使う量は腎臓の働きで変わりますが、1回およそ500mgとすると先発品で約9,000円、後発品なら6,000〜9,000円です。
TC療法全体の薬代は、パクリタキセル(第9回)の分を足して1回およそ2万2千〜2万5千円で、この薬はその4割ほどです。 3割負担なら1回約7,000円と診察料。70歳以上で年収約370万円未満なら、高額療養費で外来の自己負担は月22,000円までです(第1回の表1)。
「軽い薬」ではなく、「見る場所が違う薬」。
兄から弟に替わると、ご家族は「軽い薬になった」と安心します。吐き気と腎臓についてはそのとおりです。 でも、血小板の減少とアレルギーは弟のほうが出ます。安心して見なくなることが、いちばんの落とし穴です。
腎臓の働きから量を決める、というカルバートの式は、「患者ごとに薬の量を変える」という考え方を抗がん剤に持ち込んだ発明でもあります。 同じ点滴でも、隣の人と量が違う。それがこの薬の当たり前です。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第8回ぶん)
- 点滴の日をカレンダーに書き、2〜3週間後が「血小板の底」と分かるようにした。
- あざ・鼻血・黒い便が出たときの連絡先を貼った。
- 過去に白金製剤でアレルギーが出たことがあれば、主治医に伝えた。
- 家で薬を足すときは、腎臓への負担を薬局で確かめると決めた。
- 「今回の量はどう決めたか」を、一度は主治医に聞いた。
この回に関連する記事
連載の外にある、ふくろう訪問クリニックのコラムです。この回の内容をさらに掘り下げたいときに読んでください。
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- 根拠には強さの順番がある:詐欺医療に騙されないこの回の「決め手になった試験」が、体験談・動物実験・比較試験のどの段にあるかを、一枚の表で確かめられます。
- 臨床試験で確かめること第1相〜第3相の試験がそれぞれ何を確かめる段階なのかを、人数と期間まで含めて説明しています。
連載「優秀な抗がん剤」全50回
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- シクロホスファミド——毒ガスの研究から生まれた、最初の抗がん剤
- メトトレキサート——白血病の子どもに、初めて「寛解」をもたらした薬
- フルオロウラシル(5-FU)——60年以上、消化器がんの土台であり続ける理由
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- ドキソルビシン——アドリア海の土から生まれた「赤い薬」と、心臓の話
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- カルボプラチン——腎臓と吐き気にやさしく設計された、シスプラチンの「弟」
- パクリタキセル——イチイの木を切り尽くす前に、葉から作れるようになるまで
- ドセタキセル——前立腺がんで初めて「延命」を証明した化学療法
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- テモゾロミド——脳腫瘍の治療を変えた、家で飲める抗がん剤
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- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- チェプラファーム「パラプラチン注射液50mg・150mg・450mg 添付文書」2026年7月改訂(販売開始1990年5月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/450900_4291403A1088_3_05)
- チェプラファーム「パラプラチン注射液 医薬品インタビューフォーム」(開発の経緯:300以上の化合物からの選抜、1981年第Ⅰ相、1986年カナダ承認、1990年3月日本承認)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/3/450900_4291403A1088_3_1F.pdf)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Harrap KR. Preclinical studies identifying carboplatin as a viable cisplatin alternative. Cancer Treat Rev. 1985;12 Suppl A:21-33(https://doi.org/10.1016/0305-7372(85)90015-5)
- Calvert AH, et al. Carboplatin dosage: prospective evaluation of a simple formula based on renal function. J Clin Oncol. 1989;7(11):1748-1756(https://doi.org/10.1200/JCO.1989.7.11.1748)
- Ozols RF, et al. Phase III trial of carboplatin and paclitaxel compared with cisplatin and paclitaxel in patients with optimally resected stage III ovarian cancer: a Gynecologic Oncology Group study. J Clin Oncol. 2003;21(17):3194-3200(https://doi.org/10.1200/JCO.2003.02.153)
- Horwich A, et al. Randomized trial of bleomycin, etoposide, and cisplatin compared with bleomycin, etoposide, and carboplatin in good-prognosis metastatic nonseminomatous germ cell cancer. J Clin Oncol. 1997;15(5):1844-1852(https://doi.org/10.1200/JCO.1997.15.5.1844)
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- 国立がん研究センター がん情報サービス「卵巣がん・卵管がん・腹膜がん 治療」2026年3月17日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/ovary/treatment.html)、「出血しやすい・血小板減少」(https://ganjoho.jp/public/support/condition/thrombocytopenia/index.html)

