がんの療養中、「前と同じくらい食べているのに、体重が減っていく」「好きだった物も、ひと口でやめてしまう」。そんな変化に、ご家族が戸惑うことは少なくありません。その背景には、がん悪液質(あくえきしつ)と呼ばれる状態があるかもしれません。
悪液質は、がんが体に起こす炎症や代謝の変化によって、筋肉を中心に体が減っていく状態で、ふつうの栄養補給だけでは元に戻しきれないとされています[1]。「もっと食べさせなければ」と頑張るほど、ご本人もご家族も苦しくなることがあります。
この記事では、国際的な定義、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)・米国臨床腫瘍学会(ASCO)・欧州臨床栄養代謝学会(ESPEN)の診療ガイドライン、日本の研究、薬の電子添文をもとに、悪液質とは何か、家族ができる食事の工夫、食べることをめぐるつらさ、治療の位置づけを解説します。
SECTION 01 結論:「たくさん食べさせる」より、早めに気づき、つらさを減らす
悪液質は「食べ方」の問題ではありません
がんによる炎症や代謝の変化で、筋肉が減りやすくなる状態です。ご本人の努力不足や、ご家族の料理の工夫が足りないせいではありません。
体重の変化を記録し、早めに主治医へ
半年で5%(体重60kgの方なら3kg)を超える減少は、悪液質の目安のひとつです。食欲を落とす吐き気や便秘などは、治療で軽くできることがあります。
食事は「少しずつ・回数を多く・食べたい物を」
量を目標にしすぎず、少量でエネルギーやたんぱく質がとれる物を、食べられるときに。無理強いしないことが大切です。
時期によって目標が変わります
治療を続けている時期は、栄養・運動・薬を組み合わせて体を保つことを目指します。最期が近い時期には、体重よりも心地よさを大切にします。
SECTION 02 悪液質とは:ふつうのやせとの違い
国際的な合意(2011年のコンセンサス)は、がん悪液質を「骨格筋(体を動かす筋肉)が減り続け、脂肪も減ることがある状態で、通常の栄養補給では完全には元に戻せず、体の機能が少しずつ落ちていく症候群」と定義しています。食べる量が減ることと、体の中の代謝の異常が重なって起こるとされています[1]。
食事が足りないだけのやせ(飢餓)では、体は筋肉をなるべく守ろうとし、食べる量が戻れば体重も戻りやすくなります。一方、悪液質では、全身の炎症などで筋肉の分解が進みやすく、エネルギーやたんぱく質を増やしても、体重の減少を止められない人がいるとされています[2]。
図1 ふつうのやせとの違いと、悪液質の3つの段階
上がやせ方の違い、下が段階です。段階が進むほど、ケアの目標が変わります。
国際的な合意(2011年)[1]とESMOのガイドライン[2]をもとに作成。数値の基準は欧米の研究によるもので、アジアの目安は本文で紹介します。
どのくらいの人に起こる?
ESMOのガイドラインは、進行がんの患者さんのおよそ半数に悪液質がみられるとしています[2]。125本の研究(約13万8,000人)をまとめた2024年の解析では、病期を問わないがんの患者さん全体で33.0%でした[3]。数字に幅があるのは、対象(進行がんか、がん全体か)と診断基準が研究ごとに違うためです。この解析でも、使った基準によって13.9〜56.5%と差があり、国際的な合意(2011年)の基準では30.2%でした[3]。がんの種類では、膵臓・食道・胃・肺・肝臓・腸のがんで特に多いとされます[4]。
SECTION 03 3つの段階と、気づくための目安
国際的な合意では、悪液質を次の3つの段階に分けています[1](図1の下半分)。
- 前悪液質:体重の減少は5%以下だが、食欲不振や代謝の変化(血糖の調節の乱れなど)がある段階。
- 悪液質:過去6か月で5%を超える体重減少がある段階。もともとやせている方(BMI20未満)や筋肉が少ない方では、2%を超える減少でもあてはまります。
- 不応性悪液質:がんの治療が効きにくくなり、体力が大きく落ちて(日中の半分以上をベッドやいすで過ごすなど)、予想される余命が3か月未満の段階。
この基準は欧米の研究をもとにしています。体格の違いを考え、アジアの専門家グループ(AWGC)は2023年に、慢性の病気があり、3〜6か月で2%以上の体重減少またはBMI21未満があって、さらに食欲不振・握力の低下(男性28kg未満、女性18kg未満)・炎症の値の上昇(CRP 0.5mg/dL超)のどれかがあるとき、という目安を示しました[5]。
体重60kgの方なら、5%は3kg、2%は1.2kgです。週1回など、同じ時間帯・同じ服装で量ると変化に気づきやすくなります。むくみや腹水(おなかに水がたまること)があると、体重が減っていないように見えることもあるため、服やベルトのゆるさ、腕や脚の細さも手がかりにしてください。
SECTION 04 なぜ食べても体重が戻らないのか
悪液質では、主に次の2つが重なっています[1][2]。
1. 体の使い方が変わる:がんに対する体の反応として全身に炎症が起こり、筋肉のたんぱく質が分解されやすくなります。食べたエネルギーが、筋肉を保つことに使われにくくなります[2]。
2. 食べる量が減る:食欲そのものが落ちるうえ、少し食べただけでおなかがいっぱいになる、吐き気、味やにおいの変化、口の渇きや口内炎、飲み込みにくさ、便秘、痛みなど、食べることを妨げる症状が重なりやすくなります[2]。
食べることを妨げる症状には、薬や口のケアで軽くできるものもあり、ESMOも、こうした症状の治療を栄養の支えの柱のひとつにしています[2]。「がんだから仕方ない」と決めつけず、主治医に伝えてください。
「この食品でがんが消える」「糖質を断てばがんが弱る」といった情報もあります。ESPENのガイドラインは、がんを確実に治す食事は知られていないとし、栄養が足りない(足りなくなりそうな)方ではエネルギーを制限する食事をしないこと、不足がなければビタミンやミネラルを大量にとらないことを勧めています[6]。健康食品やサプリメントは薬との飲み合わせが問題になることもあるので、始める前に主治医に相談しましょう。
SECTION 05 家族ができる食事の工夫
ESMOとESPENのガイドラインは、口から食べられる方には、食事の助言、食べることを妨げる症状の治療、必要に応じた栄養補助食品(少量でエネルギーやたんぱく質がとれる飲み物など)を組み合わせることを勧めています[2][6]。ESMOは、たんぱく質を意識することと食事の回数を増やすことを挙げ、脂質は少ない量でエネルギーをとりやすいとしています[2]。ご家庭では、次のような工夫が考えられます。
- ✓1回の量を減らし、間食も含めて回数を分ける(小さめの器に盛ると、残す負担も減ります)
- ✓時間を決めすぎず、食べたいときに、食べたい物を
- ✓少量でエネルギーがとれる物(油、バター、乳製品など)や、たんぱく質のとれる物(卵、豆腐、魚、ヨーグルトなど)を取り入れる(脂っこい物で下痢をしやすい方もいるので、合わないときは主治医に相談)
- ✓においで気分が悪くなるときは、温かい料理を少し冷ましてから出す
- ✓栄養補助食品は、体調や持病に合う物を主治医や病院の栄養相談で相談する
- ✓糖尿病などの食事制限をどこまで続けるかは、主治医と相談する
認知症があり、食事の手順がわからない・むせるといった悩みがある場合は、「認知症の親が食べない・むせるとき」もご覧ください。
SECTION 06 「食べさせなければ」というつらさ
食べてほしいという気持ちは、「元気でいてほしい」という願いそのものです。そのぶん、食べられない姿を見るのはつらいものです。こうした苦悩は「eating-related distress(食べることに関連した苦悩)」と呼ばれ、日本でも研究されています。
全国133の緩和ケア病棟で亡くなった進行がんの患者さんの遺族への調査(回答702人、2016年発表)では、「ときどき」以上あった経験として、「カロリーや栄養を考えず、本人が食べたい物を出した」75.1%、「栄養が足りないせいで病状が悪くなったと感じた」50.9%、「十分に食べられないことに本人ががっかりし、自分もつらかった」48.9%などが挙がりました。72.2%が医療者からの栄養面の支援を、41.4%が食欲が落ちて体重が減る理由の十分な説明を望んでいました[7]。
この調査では、「死を避けるために無理に食べさせた」と感じていたことや、「正しい情報が足りなかった」と感じていたことが、遺族のうつ状態と関係していました[7]。別の国内調査では、悪液質のある患者さんとそのご家族は、悪液質のない方に比べて、食べることをめぐる苦悩が大きいことも示されています[8]。ESMOのガイドラインも、悪液質の説明や栄養の助言とあわせて、ご本人とご家族の心理的な支えを行うよう勧めています[2]。
食べられないのは、ご家族のせいではありません
悪液質では、食事の工夫だけでは体重を戻しきれないことがあります[1]。
「食べて」の代わりに、選べる言い方を
「ひと口だけ味見してみる?」「食べられなくても大丈夫」と伝えると、食卓が責められる場になりにくくなります。
食べること以外にも、できることがあります
口を湿らせる、好きな飲み物をひと口、そばで一緒に過ごす、体をさするといったことも、大切なケアです。むせやすい方は、姿勢やとろみのつけ方を主治医・訪問看護師に相談してください。
迷いやつらさは、医療者に話してください
先の調査の研究者は、医療者が悪液質の仕組みをわかりやすく説明し、ご家族の努力をねぎらうことが大切だとしています[7]。
SECTION 07 治療:栄養・運動・薬の位置づけ
悪液質をすっかり治す治療はまだなく、ESMOは栄養・運動・心理的な支えを組み合わせることを提案しています[2]。
栄養
前の章の食事の工夫と栄養補助食品が基本です。口から十分に食べられないとき、管で胃や腸に栄養を入れる方法や、点滴で栄養を入れる方法を考えることもありますが、ASCOのガイドラインは、進行がんで悪液質のある方に、こうした方法を日常的に使うことは勧めていません。点滴による栄養を短期間試すのは、治る見込みのある腸閉塞や、腸が短い・栄養を吸収しにくいといった状態があり、それ以外は比較的元気な方など、限られた場合としています[9]。
運動
ESMOは、専門家の指導のもとでの中等度の運動は悪液質の方にも安全であるとして、週2〜3回の筋力トレーニングと有酸素運動を勧めています[2]。一方、ASCOは、根拠が足りず勧めるとも勧めないとも言えないとしています[9]。できることは体力や病状で大きく違うので、主治医やリハビリの専門職に相談しましょう。
薬
主な薬は次のとおりです。どれも悪液質そのものを治す薬ではなく、食欲や体重を支える助けのひとつです。
アナモレリン(日本で承認)
日本で「がん悪液質」に承認されている飲み薬です。対象は、切除できない進行・再発の非小細胞肺がん・胃がん・膵がん・大腸がんで、栄養療法などで効果が不十分な方です。6か月以内に5%以上の体重減少と食欲不振があり、疲れやすさ・全身の筋力低下・血液検査の異常(炎症・貧血・栄養の値)のうち2つ以上があることが条件で、口から食べることが難しい方や、消化・吸収がうまくできない方には使いません。空腹時に1日1回飲み、3週間ほどで体重や食欲がよくならなければ、原則として中止します[10]。
ステロイド(副腎皮質ステロイド)
食欲を一時的に高めることがありますが、長く使うと効果が薄れやすく、筋力低下・感染症・高血糖などの副作用もあります。ESMOは2〜3週間まで、ESPENは1〜3週間ほどの短期間の使用としています[2][6]。
黄体ホルモン(プロゲステロン)製剤
食欲と体重を増やすことがありますが、筋肉や生活の質、体の機能の改善は示されていません。血栓症(血のかたまりが血管に詰まる病気)などの重い副作用に注意が必要です[2]。日本では、悪液質や食欲不振への使用は承認されていません[11]。
オランザピン(少量)
ASCOは2023年にガイドラインを更新し、進行がんの成人に、少量のオランザピンを1日1回使うことを、体重と食欲の改善のための選択肢に加えました。根拠の多くは肺がんや消化器のがんの方の研究です[12]。ただし日本で承認されているのは統合失調症・双極性障害と、抗がん剤による吐き気・嘔吐の治療で、食欲不振や悪液質への使用は承認されていません[13]。
アナモレリンの国内の試験では、非小細胞肺がんの方174人で、12週間の試験期間を通じて除脂肪体重(筋肉など)が平均1.38kg増え(偽薬〈プラセボ〉では0.17kg減少)、体重や食欲の症状も改善しましたが、握力には差がありませんでした[14]。胃がん・膵がん・大腸がんでは、偽薬と比べない形の試験(約50人)で、除脂肪体重が平均1.89kg、体重が平均1.41kg増えました[15]。心臓の電気の伝わり方への影響(心電図の変化)、高血糖、肝機能の異常といった副作用があり、心不全や一部の心臓病、中等度以上の肝機能障害のある方などには使えません[10]。
オランザピンの根拠となった試験は、抗がん剤治療を始める胃がん・肝胆膵がん・肺がんの方が対象で、1日2.5mgを12週間使い、5%を超えて体重が増えた人は60%(偽薬9%)、食欲が改善した人は43%(偽薬13%)でした[16]。一方、この薬は血糖が大きく上がることがあります。統合失調症などに使う場合、糖尿病のある方・かかったことのある方には使えません(禁忌)。抗がん剤による吐き気止めとして使う場合は、2026年8月の改訂で禁忌から外れましたが、血糖の管理が良好な方に限り、血糖をこまめに測るなどの条件つきです[13][17]。食欲不振への使用は承認外のため、糖尿病のある方では特に慎重な判断が必要です。使うかどうかは主治医とよく相談しましょう。
肺がん・胃がん・膵がん・大腸がんの療養は、「末期の治療・療養」の各記事でも解説しています。
SECTION 08 在宅療養:訪問診療・訪問看護とご家族ができること
最期が近い時期には、目標が変わります
がんの治療が効きにくくなった段階(不応性悪液質)では、症状を和らげることと心の支えが中心になり、人工的な栄養は負担やリスクが利益を上回りやすいとされます[1]。ESMOは、余命が数週間未満と考えられる方では心地よさを優先するケアを勧めています[2]。ESPENも、最期の時期の方には心地よさを基本とし、点滴による水分や栄養は、多くの方にとって利益はほとんど期待できないとしています[6]。
この時期は「体重を増やすこと」から、「好きな物をひと口味わう」「口の渇きを和らげる」など、心地よく過ごせることへ目標を移していきます。点滴については「食べられなくなったら点滴は必要?」で、緩和ケアの考え方は「緩和ケアは最期の医療?」で解説しています。
訪問診療・訪問看護で一般にできること
通院が難しくなった方には、医師が月1〜2回など計画的にご自宅を訪れる訪問診療や、看護師が訪れる訪問看護があり、食事や体重について、一般に次のようなことを相談できます(実際にどこまで対応できるかは、医療機関によって異なります)。
- 体重・食事の量・体調の変化を確かめ、今の目標を一緒に考える
- 吐き気・便秘・口の痛み・痛みなど、食べることを妨げる症状の治療や薬の見直し
- 栄養補助食品や医療用の栄養剤、点滴などについて、利点と負担を話し合う
- 本人の希望と、ご家族の気持ちや疲れを聞き、これからの過ごし方を話し合う(人生会議)
- 急なときの連絡先を確かめる
ご家族が準備しておけること
- ✓体重を週1回など同じ条件で量り、メモしておく
- ✓食べられた物・量と、吐き気や便通などの様子を書きとめる
- ✓本人が「食べたい」と言った物をリストにしておく
- ✓食事づくりを一人で抱え込まず、ご家族や介護サービスで分担する
訪問診療を依頼するときに準備するもの
- ✓健康保険の資格が確認できるもの(マイナ保険証または資格確認書)
- ✓(可能なら)今かかっている医療機関の紹介状
- ✓(あれば)お薬手帳、またはお薬のデータ
- ✓(あれば)介護保険証
- ✓(あれば)公費の受給者証
ふくろう訪問クリニックは、福岡市早良区の訪問診療クリニックです。緩和ケア、難病・希少疾患、精神科、認知症を専門の柱とし、通院が難しい方のご自宅に医師が伺い、月1〜2回の定期訪問で診療しています。訪問エリアは福岡市の早良区・西区・城南区・中央区です。食べてもやせる、食事が進まない、食べることをめぐってご家族がつらいなど、気になることがあれば、ご相談ください。お電話(092-407-7337)・メールのほか、公式LINEでもご相談を受け付けています。
SECTION 09 受診・相談の目安
迷ったときは、図2を目安にしてください。
図2 食事や体重のことで迷ったとき・急いで連絡したいときの目安
上ほど急ぎます。訪問診療・訪問看護を受けていない方の連絡先は、かかりつけ医です。
総務省消防庁[18]、福岡県[19]の資料をもとにした一般的な目安です。病状によって判断は変わるので、主治医から受けている説明を優先してください。
図2のいちばん上の段は、消防庁が「すぐ119番」としている様子の一部です。吐き気やおなかの症状でも、血を吐いた、突然の激しい腹痛、冷や汗を伴うような強い吐き気は、すぐ119番の対象です[18]。ためらわずに119番に連絡し、そのあと主治医・訪問看護にも知らせてください。ただし、自宅での看取りの方針を主治医と決めている方は、予想されていた病状の変化であれば、まず主治医・訪問看護の緊急連絡先へ。のどに物をつまらせた、転んでけがをしたといった急な事故や、迷うときは119番へ連絡してください。
救急車を呼ぶか迷うときは、福岡県の救急医療電話相談 #7119(24時間365日。救急医療機関での経験がある看護師が、受診の緊急度などを助言します)も利用できます。#7119が使えない電話からは092-471-0099で、音声ガイダンスの2番です[19]。
この記事の情報は2026年11月時点のものです。
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