細胞を含まないから、法律の外にある
「幹細胞を培養した液」「細胞が出す小さな袋」を点滴する治療が、美容クリニックから在宅の高齢者まで広がっています。 第9回で見た幹細胞点滴には、少なくとも「届出」という法律の手続きがありました。この回のものには、それすらありません。 なぜそうなるのか、そして国と学会が2024年に何を言ったかを書きます。
この回の結論
- 培養上清液もエクソソームも細胞そのものを含まないため、再生医療の法律の「届出」すら要らないまま、自由診療で広がりました。
- 厚生労働省は2024年7月、「有効性・安全性が示され薬事承認された医薬品は国内外にない」と全国の医療機関に通知しました。日本再生医療学会も同年12月に注意喚起を出しています。
- 中身は施設ごとに違い、品質を確かめる公的なしくみがありません。「若返り」「認知症」「がんのあと」への効果を、人で比べた試験もありません。
SECTION 01 何が、どう売られているか
これを点滴・注射・点鼻・肌への塗布で使い、「細胞を若返らせる」「認知症の予防」「がん治療後の回復」「脱毛」「不妊」まで、幅広い効果がうたわれます。 1回数万円から数十万円。最近は「iPS細胞由来」を掲げるものも出てきました。
SECTION 02 なぜ、法律の「外」にあるのか
図1 「幹細胞」という言葉は同じでも、細胞そのものを使えば法律の届出が要り、上清液・エクソソームは届出すら要らない。この差が、広がった理由の一つ。
厚生労働省は2024年7月31日、再生医療を行う全国の医療機関に事務連絡を出しました。 幹細胞培養上清液やエクソソームを用いる医療については「現時点で、使用されるエクソソーム等で諸外国を含め有効性・安全性が示され、薬事承認を得て製造販売されている医薬品はありません」と明記し、 行う場合は医師の責任で安全性に留意し、学会のガイダンスを参照するよう求めています。国は「認めた」のではなく、「承認された薬はない」と言っているのです。
SECTION 03 根拠と、確かめられていない中身
エクソソームの研究そのものは、世界中で盛んに行われている本物の研究です。ただし、人でくじ引きで分けて効果を示した試験は、私たちの知る限りありません。 日本再生医療学会は2024年4月に「細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンス」を出し、同年12月27日には、自由診療クリニックで急増する「iPS細胞由来エクソソーム」の治療について、 「臨床的エビデンスは十分に確立されていない」として注意喚起しました。学会の総会でも、その臨床応用に関する具体的な試験結果の報告はなかった、と述べています。
学会は患者さんに対して、治療を検討するときは「使用される治療法のエビデンスや安全性、リスク」を医師に詳しく質問するよう勧めています。 本物の研究をしている学会自身が、そう言っているのです。
「細胞を含まないから安全」ではありません。上清液には、培養に使った成分、細胞が出したさまざまな物質、場合によっては細菌やウイルスが含まれる可能性があります。 誰の細胞から作ったのか、感染症の検査はされたか、無菌かどうか、有効成分がどれだけ入っているか。これらを確かめる公的な基準がありません。 点滴である以上、アレルギーや急変の危険もあります。第9回で書いた2025年8月の死亡事故は幹細胞そのものの点滴でしたが、「点滴中に急変したとき、この施設で何ができるか」という問いは、ここでも同じです。
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こう言われたら「細胞を使わないので、安全で手軽な再生医療です」こう聞き返す「細胞を使わないから、法律の届出も要らないのですね。中身は誰が確かめていますか」
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こう言われたら「iPS細胞から作った、最先端のエクソソームです」こう聞き返す「日本再生医療学会が2024年12月に出した注意喚起を、ご存じですか」
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こう言われたら「認知症の予防や、がんのあとの回復に効きます」こう聞き返す「人で、くじ引きで比べて、そうなった試験はありますか」
1回数万円から数十万円で、「月1回を継続」と勧められます。年間で百万円を超える例があります。 承認された薬ではないので、健康被害が出ても公的な救済制度の対象外です。契約前に、中止したときの返金と、健康被害の補償が書面にあるかを確かめてください。
娘さんに連れられて、美容クリニックで「認知症予防の点滴」を月1回受けている80代の方がいました。中身を聞くと、上清液でした。 私たちは、まず娘さんの気持ちを受け止めます。「お母さんのために、何かしたいんですね」。そのうえで、図1を見せます。届出すら要らない治療であること、国が「承認された薬はない」と通知していること。 そして、認知症予防で根拠があること(第17回)に、同じお金と時間を回せないかを、一緒に考えます。
「規制がない」は「安全」の証拠ではなく、「誰も見ていない」の証拠です。
法律の網の目からこぼれたものは、危険だから規制されていないのではなく、新しすぎて規制が追いついていないだけです。 その隙間で売られるものは、いちばん確かめられていないものです。「手軽に受けられる」という言葉の裏を、そう読んでください。
エクソソームの研究者たちは、いつか本当に効く薬を作るために、何年もかけて試験をしています。 その名前を先に借りて売ることは、研究への応援ではなく、研究の信用を削ることです。本物を待つことも、患者さんにできる協力の一つだと、私たちは思っています。
この回のチェックリスト(第21回ぶん)
- 上清液・エクソソームが、再生医療法の届出すら要らない位置にあることを知っている。
- 厚生労働省が2024年7月に「承認された薬は国内外にない」と通知したことを知っている。
- 「中身は誰が確かめていますか」「感染症の検査はされていますか」と聞いた。
- 点滴中に急変したときの体制と、健康被害の補償を、契約書で確かめた。
- 認知症予防やがん後の回復が目的なら、根拠のある方法(第17回・第10回)に同じお金を回すことを考えた。
困ったときの相談先
電話番号と受付時間は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。すでに契約した・お金を払ったあとでも相談できます。
- 消費者ホットライン 188(いやや)健康食品・健康器具・美容医療などの契約や勧誘の相談。局番なしの188で、お住まいの地域の消費生活センターにつながります/消費者庁「消費者ホットライン」
- 福岡市消費生活センター相談専用 092-781-0999(月〜金 9:00〜17:00、土 10:00〜16:00は電話のみ)。クーリングオフや返金の相談はここへ/福岡市「消費生活相談ご利用案内」
- 福岡市 医療安全相談窓口(各区衛生課)市内の医療機関での説明や診療に疑問があるとき。早良区 092-851-6567、城南区 092-831-4208、西区 092-895-7072、中央区 092-761-7325、南区 092-559-5115、博多区 092-419-1090、東区 092-645-1081(月〜金 9:30〜11:30、13:00〜16:00)/福岡市「医療安全相談窓口のご案内」
- がん相談支援センターがんの治療で迷ったとき。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても無料で相談できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- 「健康食品」の安全性・有効性情報サプリや健康食品の成分を、名前で調べられる公的データベース(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)/hfnet.nibn.go.jp
- 医療機関ネットパトロール医療機関のホームページの「必ず治る」「副作用なし」などの表示を、厚生労働省の事業に通報できます/通報フォーム
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REFERENCE 参考資料
- 厚生労働省医政局研究開発政策課 事務連絡「幹細胞培養上清液及びエクソソーム等を用いる医療について(周知)」令和6年7月31日(https://www.mhlw.go.jp/content/001281987.pdf)
- 日本再生医療学会「iPS細胞由来エクソソームの臨床応用について(注意喚起)」2024年12月27日(https://www.jsrm.jp/news/news-15720/)
- 日本再生医療学会「細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンス(第1版)」2024年(https://www.jsrm.jp/cms/uploads/2024/05/news14993-2.pdf)
- 厚生労働省「再生医療について」(再生医療等安全性確保法)(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/index.html)
- 厚生労働省「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告等ガイドライン)」令和8年3月30日最終改正(https://www.mhlw.go.jp/content/001683594.pdf)

