脳腫瘍の治療を変えた、家で飲める抗がん剤
脳には薬が届きにくい壁があります。その壁を越える小さな分子を英国の化学者が設計し、最も手ごわい脳腫瘍の2年生存率を10%から27%に変えました。 テモゾロミドは飲み薬です。放射線の期間は毎日、そのあとは28日のうち5日間、空腹時に、カプセルを開けずに。家族が「飲む係」になるこの薬の、続け方と見張り方、薬価を書きます。
この回の結論
- テモゾロミドは、英国バーミンガムの大学の化学者が1980年代に作った、脳腫瘍のための「飲む抗がん剤」です。1999年に欧米で、日本では2006年に承認されました。
- 最も手ごわい脳腫瘍(膠芽腫)で、放射線に足すと2年生存率が10%から27%に、5年生存率が2%から10%に上がりました。手術・放射線・この薬の組み合わせが、いまの標準治療です。
- 放射線の期間は42日間毎日、そのあとは28日のうち5日間飲みます。空腹時に、カプセルを開けずに。副作用は吐き気、血小板とリンパ球の減少で、肺炎の予防薬を一緒に飲みます。カプセル代は1日約7,000円、後発品なら半分ほどです。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | テモゾロミド(テモダールカプセル20mg・100mg、テモダール点滴静注用。後発品あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(アルキル化薬) |
| 主に使うがん | 悪性神経膠腫(膠芽腫、退形成性星細胞腫など)、再発・難治性のユーイング肉腫(イリノテカンと) |
| 使い方 | 飲み薬。初発では放射線と一緒に42日間毎日、そのあと28日ごとに5日間飲む(通常6コース)。空腹時に、カプセルを開けず、かまずに水で |
| 日本での承認 | 2006年7月 |
| 薬価の目安 | テモダールカプセル100mg 5,904円、20mg 1,229円。後発品(錠)は100mg 3,755円、20mg 786.5円。点滴静注用100mg 30,541円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:脳に届く飲み薬を
脳の腫瘍には、薬が届きにくい壁(血液脳関門)があります。1980年代、英国バーミンガムのアストン大学の化学者スティーブンスらは、 体の中で自然に分解して、設計図に「印」をつける小さな分子を放つ化合物を作っていました。小さくて脂に溶けやすく、脳に届くことが狙いでした。
英国のがん研究団体の支援で人での試験が進み、再発した脳腫瘍で効果が確かめられました。 1999年に欧米で承認され、2005年、放射線と組み合わせた大規模な試験が、膠芽腫の治療を変えました。
- 1980年代アストン大学のスティーブンスらが、イミダゾテトラジンという新しい骨格の化合物を合成。そのひとつがテモゾロミド。
- 1997年発見から臨床試験までをまとめた総説が発表される。肝臓での代謝がいらず、体の中で自然に活性化する薬。
- 1999年米国と欧州で、再発した悪性神経膠腫に承認。
- 2005年初発の膠芽腫573人の試験で、放射線に足すと生存が延びることが証明される。同年、同じ試験からMGMTという遺伝子の状態で効きやすさが分かることも報告された。
- 2006年日本で悪性神経膠腫に承認、9月に発売。2019年に再発・難治性のユーイング肉腫が加わる。
SECTION 02 どうやって効くのか:体の中で自然にほどけて、設計図に印をつける
テモゾロミドは、飲むとほぼ全部が吸収され、体の水分の中で自然にほどけて、設計図(DNA)の文字に小さな印(メチル基)をつける分子を放ちます。 印のついた文字はコピーのときにつまずき、細胞は分裂できずに死にます。第2回のシクロホスファミドと同じ「アルキル化薬」の家族です。
ここに、この薬の効きやすさを分ける鍵があります。がん細胞の中には、この印を消す修理酵素(MGMT)を持つものと、持たないものがあります。 修理酵素が働かない(遺伝子にふたがされている)腫瘍ほど、薬がよく効きます。手術で取った組織で、それを調べられます。
- 放射線と一緒に42日間放射線の効きを強めるため、放射線治療の初日から最終日まで毎日飲みます。その後4週間休んで、5日間飲んで23日休む、を繰り返します。
- 空腹時に、カプセルを開けない食事のあとに飲むと吸収が落ちます。カプセルは開けず、かまずに、十分な水で。中身が皮膚についたらすぐ洗います。
- リンパ球が減るので、肺炎を予防する放射線と一緒の期間はリンパ球が減り、ニューモシスチス肺炎という特殊な肺炎が起こることがあります。添付文書は「適切な措置の実施を考慮すること」と求めており、多くの病院で予防の抗菌薬を一緒に飲みます。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:膠芽腫の2年生存を2.5倍に
2005年、欧州とカナダの85施設で、初めて診断された膠芽腫573人を、くじ引きで「放射線だけ」と「放射線+テモゾロミド(放射線中は毎日、その後6コース)」に分けました。 生存期間の中央値は12.1か月から14.6か月に、2年生存率は10.4%から26.5%に上がり、死亡のリスクは37%減りました(Stupp ら、NEJM 2005)。
5年後の追跡では、5年生存率が1.9%から9.8%に(Stupp ら、Lancet Oncol 2009)。修理酵素MGMTの遺伝子にふたがされている人(45%)では、効果がとくに大きいことも分かりました(Hegi ら、NEJM 2005)。 「手術+放射線+テモゾロミド」は、以来20年、膠芽腫の標準治療です(がん情報サービス「脳腫瘍(成人) 治療」)。
| 時期 | 飲み方 | 期間 |
|---|---|---|
| 放射線と一緒(初発) | 体表面積1平方メートルあたり75mgを毎日 | 42日間(放射線の初日から最終日まで) |
| その後の維持療法 | 150mg(2コース目から200mg)を5日間、23日休む | 28日を1コースとして、通常6コース |
| 再発したとき | 150〜200mgを5日間、23日休む | 効いている限り繰り返す |
表1 膠芽腫でのテモゾロミドの飲み方(テモダールカプセル添付文書と、決め手になった試験の設定による)。量は体表面積と血液検査で毎回調整される。
添付文書の対象は、悪性神経膠腫と、再発・難治性のユーイング肉腫(イリノテカンとの併用)です。 飲めない人のための点滴静注用もあります。血液検査で好中球と血小板が基準を満たしたときだけ次のコースに進む、という決まりが添付文書に定められています。
SECTION 04 副作用と、家でできること:吐き気、血小板、肺炎の予防
国内の集計では、好中球減少42%、リンパ球減少42%、血小板減少26%、ニューモシスチス肺炎2.6%、脳出血2.6%でした(添付文書)。 吐き気・嘔吐・食欲不振は高い頻度で起こると添付文書に記され、吐き気止めと一緒に飲むのが普通です。
吐き気は、吐き気止めを飲んでから30〜60分後にテモゾロミドを飲むと軽くなります。寝る前に飲む人も多いです。 血小板は5日間の内服の3〜4週間後に底になることがあり、あざや鼻血、黒い便が合図です。便秘は吐き気止めと重なって進むので、早めに下剤を相談します。
ニューモシスチス肺炎を防ぐ抗菌薬(ST合剤など)は、放射線と一緒の期間、決められたとおりに飲みます。 脳腫瘍そのものの症状(けいれん、手足の動きにくさ、言葉の出にくさ)は薬の副作用と区別が難しいので、変化があれば連絡します。
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こんなときはあざが増えた、鼻血が止まりにくい、黒い便が出た、突然の強い頭痛こうする血小板の減少と出血の合図。その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは空咳、息切れ、発熱が出てきたこうする特殊な肺炎のことがある。その日のうちに連絡する。予防薬を飲めていたかも伝える
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こんなときはカプセルを吐いてしまった、飲み忘れたこうするその分を追加で飲まず、病院に電話して指示を受ける。吐いたものやカプセルの中身は素手で触らない
妊娠中は使えず、女性は治療後6か月、男性は3か月まで避妊が必要です。B型肝炎ウイルスを持っている人は、再活性化を防ぐ検査と対策をしてから始めます。 カプセルは家族が素手で扱わず、砕かず、余っても捨てずに病院か薬局へ。長く使うと、二次性の白血病などの報告があり、治療後も経過を見ます。
膠芽腫の方は、病院の放射線が終わったあと、家で28日ごとの5日間内服を続けます。訪問診療で見るのは、お薬カレンダーの「5日間」と「肺炎の予防薬」、そして採血の日です。 本人が飲み忘れや飲みすぎに気づきにくいことがあり、家族が飲む係になっている家が多いです。
脳腫瘍の方の家では、けいれんや麻痺への備えが、薬の副作用と同じくらい大切です。抗てんかん薬の飲み合わせ、転倒防止、緊急時の連絡先を一緒に確かめます。
SECTION 05 薬価と自己負担:カプセル1日約7,000円
テモダールカプセルは100mgが5,904円、20mgが1,229円。後発品(錠)は100mgが3,755円、20mgが786.5円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 放射線と一緒の期間(体表面積1平方メートルあたり75mg、1日およそ120mg)は先発品で1日約7,100円、42日間で約30万円。後発品なら約19万円です。
維持療法(1日およそ300mgを5日間)は1コース約8万9千円、後発品で約5万6千円。3割負担ならそれぞれ約2万7千円か約1万7千円で、月1コースなら高額療養費の上限には届かないことが多いです。 放射線と一緒の最初の月は、放射線治療費も加わるので上限に届きます(第1回の表1)。
家で続ける抗がん剤は、家族が「飲む係」になる。
脳腫瘍の治療は、病院の放射線が終わると家に移ります。28日ごとの5日間、空腹時に、決まった数のカプセルを。 本人の記憶や判断が病気で揺らぐことがあるので、この薬では、ご家族が飲む係になります。
2005年の試験は、2年生存率を10%から27%にしました。それは「治療を続けられた人」の数字です。 家で5日間を正確に飲み、予防薬を欠かさず、採血の日に病院に行く。その地味な繰り返しが、数字を支えています。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第13回ぶん)
- 28日ごとの「5日間」を、お薬カレンダーに色で示した。
- 空腹時に飲むこと、吐き気止めを先に飲むことを、飲む係の家族が知っている。
- 肺炎の予防薬の飲み方を確かめた。
- カプセルを素手で触らない、砕かない、余りは病院へ。
- けいれん・出血・空咳のときの連絡先を貼った。
この回に関連する記事
連載の外にある、ふくろう訪問クリニックのコラムです。この回の内容をさらに掘り下げたいときに読んでください。
- 根拠には強さの順番がある:詐欺医療に騙されないこの回の「決め手になった試験」が、体験談・動物実験・比較試験のどの段にあるかを、一枚の表で確かめられます。
- 臨床試験で確かめること第1相〜第3相の試験がそれぞれ何を確かめる段階なのかを、人数と期間まで含めて説明しています。
- がんと診断されたら最初に読む記事脳腫瘍と診断された直後に、治療の流れと相談先をまとめて確かめられる、当院の入口の記事です。
連載「優秀な抗がん剤」全50回
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- メトトレキサート——白血病の子どもに、初めて「寛解」をもたらした薬
- フルオロウラシル(5-FU)——60年以上、消化器がんの土台であり続ける理由
- ビンクリスチン——糖尿病の薬を探していたら、白血病の薬が見つかった
- ドキソルビシン——アドリア海の土から生まれた「赤い薬」と、心臓の話
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- カルボプラチン——腎臓と吐き気にやさしく設計された、シスプラチンの「弟」
- パクリタキセル——イチイの木を切り尽くす前に、葉から作れるようになるまで
- ドセタキセル——前立腺がんで初めて「延命」を証明した化学療法
- ゲムシタビン——抗ウイルス薬の候補が、膵がんの標準治療になるまで
- ペメトレキセド——蝶の羽の色素の研究から生まれた、肺がんと中皮腫の薬
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- オキサリプラチン——名古屋で生まれ、フランスで育ち、日本に帰ってきた薬
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- オシメルチニブ——イレッサの光と影から、第3世代の肺がんの薬へ
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- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- 大原薬品工業「テモダールカプセル20mg・100mg 添付文書」2024年10月改訂(販売開始2006年9月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/180095_4219004M1024_2_02)
- 大原薬品工業「テモダールカプセル 医薬品インタビューフォーム」(開発の経緯:1999年欧米承認、2005年放射線併用承認、2006年7月日本承認)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/2/180095_4219004M1024_2_1F.pdf)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Newlands ES, Stevens MF, Wedge SR, Wheelhouse RT, Brock C. Temozolomide: a review of its discovery, chemical properties, pre-clinical development and clinical trials. Cancer Treat Rev. 1997;23(1):35-61(https://doi.org/10.1016/S0305-7372(97)90019-0)
- Stupp R, et al. Radiotherapy plus concomitant and adjuvant temozolomide for glioblastoma. N Engl J Med. 2005;352(10):987-996(https://doi.org/10.1056/NEJMoa043330)
- Stupp R, et al. Effects of radiotherapy with concomitant and adjuvant temozolomide versus radiotherapy alone on survival in glioblastoma in a randomised phase III study: 5-year analysis of the EORTC-NCIC trial. Lancet Oncol. 2009;10(5):459-466(https://doi.org/10.1016/S1470-2045(09)70025-7)
- Hegi ME, et al. MGMT gene silencing and benefit from temozolomide in glioblastoma. N Engl J Med. 2005;352(10):997-1003(https://doi.org/10.1056/NEJMoa043331)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「脳腫瘍(成人) 治療」2026年3月27日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/brain_adult/treatment.html)

