点滴8時間が皮下注5分になった、骨髄腫の抗体薬
骨髄腫の細胞に多い目印CD38をつかむ抗体は、デンマークの小さな会社で生まれ、2015年に米国、2017年に日本で承認されました。初発から再発まで足すと進行が4〜6割減り、5年生存率が13ポイント上がった試験の数字を書きます。 もうひとつの主役は「投与の形」です。初回7時間の点滴と半数に出た点滴反応が、2021年の皮下注射製剤で5分と3分の1に。感染の見張り、輸血の検査への影響と患者カード、年900万円の薬代を外来22,000円で支える制度まで書きます。
この回の結論
- ダラツムマブは、骨髄腫の細胞の表面に多い目印(CD38)をつかむ抗体です。デンマークの会社が作り、2015年に米国、2017年に日本で承認されました。抗体薬(第21〜25回)の考え方が、血液のがんの中でも骨髄腫に届いた薬です。
- レナリドミド(第34回)などに足すと、進行のリスクが4〜6割減り、移植をしない初発の人では5年生存率が53%から66%に上がりました。いまは初発から再発まで、骨髄腫の治療のほぼ全段階で使われます。
- 点滴は初回に7時間前後かかり、半数に点滴反応が出ました。2021年、皮下注射の製剤ができて、3〜5分で終わり、反応も減りました。感染と、輸血の検査への影響に注意します。薬代は1回約41万円、1年目は900万円台で、高額療養費の上限に届きます。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | ダラツムマブ(ダラザレックス点滴静注。皮下注射はダラキューロ配合皮下注) |
|---|---|
| 薬の家族 | 分子標的薬(抗CD38ヒト型モノクローナル抗体) |
| 主に使うがん | 多発性骨髄腫(初発から再発まで、他の薬と組む)、全身性ALアミロイドーシス(皮下注)、高リスクのくすぶり型骨髄腫の進展遅延(皮下注、2025年) |
| 使い方 | 点滴(体重1kgあたり16mg)または皮下注射(1回1,800mg、体重によらず)。最初の2か月は週1回、次の4か月は2週に1回、その後は4週に1回。効かなくなるまで続ける |
| 日本での承認 | 2017年9月(再発した骨髄腫)。2019年最初の治療から。2021年3月皮下注射製剤、2021年ALアミロイドーシス、2025年くすぶり型骨髄腫 |
| 薬価の目安 | ダラザレックス点滴静注400mg 187,970円、100mg 52,262円。ダラキューロ配合皮下注(1,800mg)407,109円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:骨髄腫の目印に、抗体が届くまで
リツキシマブ(第21回)がリンパ腫の目印CD20をつかんでから、血液のがんの抗体薬は次々に作られました。ところが、骨髄腫の細胞にはCD20がほとんどありません。 骨髄腫の細胞に多いのはCD38という目印で、1980年代から知られていましたが、正常な血液の細胞にも少しあるため、薬にするには「がん細胞にだけ強く効く抗体」が必要でした。
2000年代、デンマークの会社ジェンマブは、遺伝子を人の型に組み替えたマウスで、CD38に結びつく完全ヒト型の抗体を作ります(ダラザレックスのインタビューフォーム)。米国のヤンセン社が2012年に開発権を得て、他の治療がすべて効かなくなった骨髄腫の患者さんで試験を行い、3人に1人で効くことを示しました(Lokhorst ら、NEJM 2015)。 2015年11月、米国で骨髄腫に対する初めての抗体薬として承認され、日本では2017年9月に承認されました。
- 2000年代ジェンマブ社(デンマーク)が完全ヒト型の抗CD38抗体を作る。2012年、ヤンセン社と共同開発。
- 2015年効かなくなった骨髄腫の3人に1人に効くと報告。11月、米国で承認(骨髄腫で初めての抗体薬)。
- 2016年再発した骨髄腫で、既存の治療に足すと進行のリスクが6割減ると2つの試験で報告(CASTOR、POLLUX)。
- 2017年9月、日本で承認。11月発売。
- 2018〜19年初発の骨髄腫でも効くと報告(ALCYONE、MAIA)。2019年、日本で最初の治療から使えるようになる。
- 2020年皮下注射でも点滴に劣らず、点滴反応が3分の1に減ると報告(COLUMBA)。2021年3月、日本で皮下注射製剤を承認。
- 2024年移植をする初発の人でも、最初から足すと再発が減ると報告(PERSEUS)。2025年、日本で「くすぶり型」の進展遅延に承認。
SECTION 02 どうやって効くのか:目印をつかみ、免疫に壊させる。そして「7時間」を「5分」に
ダラツムマブは骨髄腫の細胞のCD38に結びつき、リツキシマブと同じように、免疫細胞と補体を呼び寄せてがん細胞を壊させます。骨髄腫の細胞を守る「抑制役」の免疫細胞にもCD38があるため、それを減らして、攻撃役のT細胞を働きやすくする効果もあります。 レナリドミド(第34回)は攻撃役を元気にする薬なので、2つを組むと相乗的に効きます。
- 点滴の反応初回の点滴中に、鼻づまり、咳、寒気、息苦しさなどが半数の人に出ました。防ぐために前もってステロイド・解熱鎮痛薬・抗ヒスタミン薬を使い、点滴をゆっくり始めるため、初回は7時間前後かかりました。
- 皮下注射という解決1,800mgの抗体を、ヒアルロン酸を分解する酵素と一緒にお腹の皮下に注射します。酵素が皮下の組織を一時的にゆるめ、大量の薬を吸収させます。注射は3〜5分。点滴反応は3分の1に減りました。
- 検査への影響赤血球の表面にも少しCD38があるため、この薬は輸血前の血液型の検査(不規則抗体の検査)に干渉します。また、この薬自体が抗体なので、骨髄腫の指標(M蛋白)の検査に映り込みます。どちらも検査の側で対処できますが、「使っている」と伝わることが前提です。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:初発から再発まで、足すと進行が4〜6割減る
2016年、再発した骨髄腫で、レナリドミド+デキサメタゾンにダラツムマブを足した試験(569人)では、進行か死亡のリスクが63%減り(Dimopoulos ら、NEJM 2016、POLLUX試験)、ボルテゾミブ+デキサメタゾンに足した試験(498人)では61%減りました(Palumbo ら、NEJM 2016、CASTOR試験)。
2019年、移植をしない初発の骨髄腫737人で、レナリドミド+デキサメタゾンにこの薬を足すと、進行のリスクは44%減り(Facon ら、NEJM 2019、MAIA試験)、5年生存率は53.1%から66.3%に上がりました(Facon ら、Lancet Oncol 2021)。 2020年の比較試験(522人)では、皮下注射は点滴に効き目で劣らず、点滴反応は34.5%から12.7%に減りました(Mateos ら、Lancet Haematol 2020、COLUMBA試験)。2024年には、移植をする初発の709人でも、最初から足すと4年後に進行していない人が67.7%から84.3%に増えました(Sonneveld ら、NEJM 2024、PERSEUS試験)。
| 場面 | 組む薬 | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| 初発、移植をしない人 | レナリドミド+デキサメタゾン(第34回)、またはボルテゾミブ+メルファラン+プレドニゾロン | MAIA 2019・2021(5年生存53→66%)、ALCYONE 2018 |
| 初発、移植をする人 | ボルテゾミブ+レナリドミド+デキサメタゾンに足す | PERSEUS 2024(4年無進行68→84%) |
| 再発したあと | レナリドミド、ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、ポマリドミドのいずれかとデキサメタゾン | POLLUX 2016、CASTOR 2016(進行リスク6割減) |
| ALアミロイドーシス | ボルテゾミブなどと(皮下注) | 2021年承認 |
| 高リスクのくすぶり型骨髄腫 | 単独で3年まで(皮下注) | 2025年承認 |
表1 ダラツムマブの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。単独での効き目は承認されておらず、必ず他の薬と組む。
点滴製剤の添付文書の対象は多発性骨髄腫、皮下注射製剤は多発性骨髄腫、全身性ALアミロイドーシス、高リスクのくすぶり型多発性骨髄腫の進展遅延です。 添付文書は、点滴反応を減らすために投与の1〜3時間前にステロイドなどを使うこと、赤血球の検査への干渉、M蛋白の検査への干渉を定めています。輸血の可能性に備えて、患者さんは「この薬を使っている」ことを示すカードを持ちます。
SECTION 04 副作用と、家でできること:点滴の反応、感染、そして輸血の検査
点滴製剤の添付文書では、点滴反応46.4%(多くは初回)、血小板減少17.6%、好中球減少16.1%、肺炎6.9%、敗血症1.3%、B型肝炎の再活性化、腫瘍崩壊症候群0.3%、間質性肺疾患0.5%。皮下注射製剤では、投与に伴う反応32.7%、好中球減少19.6%、血小板減少15.1%、肺炎8.7%。 ほかに上気道感染、疲労、吐き気、下痢、末梢神経のしびれ、免疫グロブリンの低下が記されています。
点滴(注射)の反応は初回に病院で見張ります。皮下注射では、注射の数時間後に出ることがあるので、初回は帰宅後の発熱・息苦しさ・じんましんに注意し、出たら連絡します。 感染はこの薬で最も暮らしに響く副作用です。抗体を作る細胞が減り、免疫グロブリンが下がるため、肺炎が起こりやすくなります。手洗い、人混みでのマスク、発熱時の早い受診。肺炎球菌・インフルエンザ・帯状疱疹(不活化)のワクチンは主治医と時期を相談します。
輸血の検査は、この薬を始める前に血液型と不規則抗体の検査を済ませておき、カードを財布に入れます。他の病院を受診するときも見せます。 採血で白血球・血小板を見て、組んでいる薬の量を調整します。
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こんなときは注射・点滴の日の夜〜翌日に、発熱、寒気、息苦しさ、じんましんこうする遅れて出た反応。その日のうちに病院へ連絡する
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こんなときは37.5度以上の熱、咳と痰、息切れこうする肺炎など感染の合図。免疫が落ちているので、待たずに受診する
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こんなときは事故や手術で輸血が必要になったこうする「ダラツムマブを使っている」と医療者に伝える(カードを見せる)。検査の方法が変わる
治療前にB型肝炎ウイルスの検査を受けます。生ワクチンは避けます。慢性閉塞性肺疾患や喘息のある人は点滴反応で息苦しくなりやすいので、前もって伝えます。 皮下注射のあと、注射した部位の赤みや腫れは数日で引きます。妊娠中は使えません。
骨髄腫で在宅療養中の方が、4週に1回の皮下注射のために通院を続けている姿は、点滴が7時間かかった時代には考えにくいものでした。通院の負担が減った分、家での見張りは感染に集中します。 冬の前に、ワクチンの予定を主治医と決めておいてもらいます。
在宅では、転倒や骨折で救急搬送されることがあります。搬送先で輸血が必要になったとき、この薬のことが伝わらないと検査に時間がかかります。カードのコピーを、お薬手帳の表紙の裏に貼ってもらっています。
SECTION 05 薬価と自己負担:1回約41万円、1年目は900万円台
ダラキューロ配合皮下注は1回407,109円(体重によらず1,800mg)。点滴のダラザレックスは400mgが187,970円、100mgが52,262円で、体重55kgの量(16mg/kg=880mg)なら1回約42万8千円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 最初の2か月は週1回、次の4か月は2週に1回、以後は4週に1回なので、1年目は22〜23回、約900〜940万円。2年目以降は年13回、約530万円です。これにレナリドミド(第34回、1サイクル約84万円)などが加わります。
3割負担なら月数十万円になり、高額療養費で、70歳未満・年収約370〜770万円なら月85,800円+(医療費−286,000円)×1%、4か月目からは44,400円。70歳以上・一般なら外来22,000円が上限です(第1回の表1)。 骨髄腫の患者さんは70歳以上が多く、外来22,000円の上限で治療を受けている方がほとんどです。
「7時間が5分に」は、効き目と同じくらい大きい進歩。
薬の歴史は効き目の数字で語られますが、患者さんの暮らしを変えるのは、しばしば投与の形です。初回7時間の点滴を受けるために入院していた高齢の方が、外来で5分の注射を受けて帰る。この差は、生存曲線には出ません。 皮下注射の製剤は「同じ薬を届ける方法」を変えただけですが、私はこれを、この薬のもう1つの発明だと思っています。
年900万円という薬代を、外来22,000円で受けている方が当院にも複数います。制度がこの薬を支えていることを、私たちは忘れずにいたいと思います。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第35回ぶん)
- 治療前に血液型・不規則抗体の検査を済ませ、患者カードをお薬手帳に貼った。
- 注射の日の夜〜翌日の発熱・息苦しさ・じんましんは、その日のうちに連絡する。
- 37.5度以上の熱、咳と痰は待たずに受診する。ワクチンの予定を主治医と決めた。
- 治療前のB型肝炎の検査結果をお薬手帳に書いた。
- 高額療養費の上限(70歳以上は外来22,000円)を確かめた。
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薬のこと・お金のことの相談先
電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- ヤンセンファーマ「ダラザレックス点滴静注100mg・400mg 添付文書」(販売開始2017年11月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/800155_4291437A1028_1_12)、同 医薬品インタビューフォーム(開発の経緯:2015年11月米国承認、2017年9月27日日本承認、2019年8月未治療、2019年12月DLd療法);「ダラキューロ配合皮下注 添付文書」(販売開始2021年5月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/800155_4291500A1023_1_10)、同 医薬品インタビューフォーム(2021年3月23日承認、2021年8月ALアミロイドーシス、2025年11月くすぶり型多発性骨髄腫)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
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- 国立がん研究センター がん情報サービス「多発性骨髄腫」2023年12月6日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/MM/index.html)、「感染しやすい・白血球減少」2023年8月10日更新(https://ganjoho.jp/public/support/condition/FN/index.html)

