蝶の羽の色素の研究から生まれた、肺がんと中皮腫の薬
1946年、ひとりの大学院生が、ほうれん草からとれた物質の骨格が蝶の羽の色素と同じだと知りました。その化学を半世紀追いかけた先に、アスベストの病気で初めて生存を延ばした薬がありました。 ペメトレキセドは、葉酸とビタミンB12を一緒に使うことで副作用を減らした珍しい薬です。「ビタミンを飲む」が治療の一部である理由と、肺がんの一次治療での役割、薬価を書きます。
この回の結論
- ペメトレキセドは、蝶の羽の色素と同じ骨格を持つ葉酸の化学を、プリンストン大学のテイラーが半世紀追いかけて生まれた薬です。2004年に米国で、日本では2007年に中皮腫、2009年に肺がんで承認されました。
- アスベストによる中皮腫で初めて生存を延ばし、いまは扁平上皮がん以外の肺がんの一次治療で、免疫チェックポイント阻害薬(第40回)と一緒に使われる土台です。
- 葉酸とビタミンB12を一緒に使うことで、副作用が大きく減った珍しい薬です。発疹はステロイドで、間質性肺炎は空咳で見張ります。1回の薬代は先発品で約13万円、後発品で約5万円です。
この薬のプロフィール
| 一般名(商品名) | ペメトレキセド(アリムタ注射用。後発品あり) |
|---|---|
| 薬の家族 | 殺細胞薬(葉酸代謝拮抗薬) |
| 主に使うがん | 非小細胞肺がん(扁平上皮がんを除く。一次治療でプラチナ製剤・ペムブロリズマブと、その後の維持療法、術前補助療法)、悪性胸膜中皮腫(シスプラチンと) |
| 使い方 | 点滴。10分で終わり、3週間ごと。7日以上前から葉酸を毎日飲み、ビタミンB12の注射を9週ごとに受ける。発疹を防ぐステロイドを前後に飲む |
| 日本での承認 | 2007年1月(中皮腫)、2009年5月(非小細胞肺がん) |
| 薬価の目安 | アリムタ注射用500mg 75,061円、100mg 18,621円。後発品は500mgで30,295〜36,314円(薬価基準、令和8年8月13日適用) |
SECTION 01 生まれた日:蝶の羽の色素から
1946年、コーネル大学の大学院生だったエドワード・テイラーは、ほうれん草と肝臓からとれた物質の構造に驚きました。 その二重の環の骨格は、それまで蝶の羽の色素でしか見つかっていなかったものでした。物質の名は葉酸。細胞が設計図を作るのに欠かせない材料です。
テイラーはその後プリンストン大学で、この骨格の化学を半世紀にわたって研究します。1984年、製薬会社イーライリリーと組み、 「葉酸を、細胞を育てる物質から、細胞を止める物質に変える」設計に取り組みました。本人は後年、大意こう語っています。「がんの薬を探そうとして始めたのではない。蝶の羽の色素の化学を、ただ追いかけていた」。
- 1946年テイラーが、葉酸の骨格が蝶の羽の色素と同じであることを知り、この化学を生涯の研究にする。
- 1984年プリンストン大学とイーライリリー社の共同研究が始まる。複数の葉酸酵素を同時に止める化合物が生まれる。
- 1992年米国と欧州で人での試験が始まる。重い副作用が出る人がいて、その人たちの血液で葉酸とB12の不足の目印が高いことが分かる。
- 2000年前後中皮腫の試験の途中から、葉酸とビタミンB12を一緒に使うようになり、副作用が減った。それまでは治療に関係した死亡が7%にあった。
- 2004年米国で中皮腫に承認。
- 2007年日本で中皮腫に承認。2009年に非小細胞肺がん、2024年に肺がんの術前補助療法が加わる。
SECTION 02 どうやって効くのか:3つの工場を同時に止め、ビタミンで正常細胞を守る
第3回のメトトレキサートは、葉酸を使う工場の酵素1つに座り込む薬でした。ペメトレキセドは、葉酸を使う3つの酵素に同時に座り込みます。 設計図の文字を作る複数の工程が一度に止まるので、分裂の速いがん細胞から死んでいきます。
この薬の副作用が大きく減った理由は、偶然の発見でした。試験で重い副作用が出た人の血液を調べると、葉酸とビタミンB12の不足を示す物質(ホモシステイン)が高かったのです。 足りない人に葉酸とB12を補うと、効き目を落とさずに副作用が減りました。いまは全員に補います。
- 葉酸を毎日、B12を9週ごとに添付文書は、初回の7日以上前から葉酸0.5mgを毎日飲み、B12を7日前までに注射し、その後9週ごとに打つよう定めています。終了後も22日目まで葉酸を続けます。
- 発疹をステロイドで防ぐ発疹が高い頻度で出るため、点滴の前後にステロイドを飲みます。
- 腎臓からそのまま出る腎臓の働きが落ちている人では薬が体にたまり、重い腎機能障害の人で亡くなった例があるため、腎機能を必ず確かめてから使います。
SECTION 03 なぜこんなに使われるのか:中皮腫から、肺がんの一次治療へ
2003年、手術のできない悪性胸膜中皮腫456人を、くじ引きで「シスプラチンだけ」と「シスプラチン+ペメトレキセド」に分けました。 生存期間の中央値は9.3か月から12.1か月に延びました(Vogelzang ら、J Clin Oncol 2003)。中皮腫で生存を延ばした最初の薬です。
肺がんでは、1,725人の試験でシスプラチン+ゲムシタビンと同等で、腺がんでは優れていました(Scagliotti ら、J Clin Oncol 2008)。 そして2018年、扁平上皮がん以外の肺がん616人で、この薬とプラチナ製剤に免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブを足すと、 1年後に生きている人が49.4%から69.2%に増え、死亡のリスクが半分になりました(Gandhi ら、NEJM 2018)。いまの肺がんの一次治療の土台です。
| 使い方 | 主ながん | 決め手になった試験 |
|---|---|---|
| シスプラチン+ペメトレキセド | 悪性胸膜中皮腫 | Vogelzang 2003(生存9.3→12.1か月) |
| プラチナ製剤+ペメトレキセド+ペムブロリズマブ | 非小細胞肺がん(扁平上皮がん以外)の一次治療 | Gandhi 2018(1年生存49.4→69.2%) |
| ペメトレキセド単独の維持療法 | 同上(効いたあとに続ける) | Paz-Ares 2013(進行を遅らせ、生存も延長) |
| 術前補助療法 | 切除できる非小細胞肺がん | 2024年承認 |
表1 ペメトレキセドの主な使われ方(添付文書と学会ガイドラインによる)。
添付文書の対象は、悪性胸膜中皮腫、切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん、扁平上皮がんを除く非小細胞肺がんの術前補助療法です。 扁平上皮がんでは効き目が劣るため、肺がんの「型」を調べてから使います。中皮腫では2005年1月の第1回未承認薬使用問題検討会議で「早急に検討が必要な抗がん剤」に挙げられ、優先審査で承認されました。
SECTION 04 副作用と、家でできること:発疹、白血球、空咳
添付文書の集計では、白血球減少が72%、好中球減少が64%、血小板減少が46%、間質性肺炎が3.6%でした。発疹は「高頻度に起こる」と添付文書に記されています。 吐き気と脱毛は、殺細胞薬の中では軽いほうです。
発疹は点滴の数日後に出ます。前後のステロイドを飲み忘れないこと、保湿と直射日光を避けることで軽くなります。 白血球は1〜2週間後に底になり、発熱は待たずに連絡します。だるさと口内炎は多くの人に出て、うがいと休息で乗り切ります。
間質性肺炎は3.6%と、この家族の薬では高めです。空咳・息切れ・発熱が出たら、日数に関係なく連絡します。 葉酸の飲み忘れは副作用に直結します。この薬に限っては、ビタミンを飲むことが治療の一部です。
-
こんなときは空咳が続く、息切れがする、微熱があるこうする間質性肺炎の合図のことがある。その日のうちに病院へ連絡する
-
こんなときは点滴の1〜2週間後に37.5度以上の熱が出たこうする夜間・休日でも、その日のうちに電話する
-
こんなときは葉酸を数日飲み忘れた。B12の注射の日を過ぎていたこうする次の点滴の前に病院に伝える。飲み忘れの分をまとめて飲まない
腎臓の働きが落ちている人は使えないことがあります。市販の痛み止め(非ステロイド性消炎鎮痛薬)は薬の排泄を遅らせるので、点滴の前後は薬局に相談してから使います。 胸水や腹水がたまっている人は、先に抜くことを検討します。妊娠中は使えません。
肺がんでこの薬を受けている方の家で、私たちが最初に見るのは葉酸の錠剤です。「ただのビタミンだから」と飲み忘れている方がいます。 お薬カレンダーの毎日の枠に葉酸を入れ、B12の注射の日を病院の予定表と一緒に貼ります。
中皮腫の方の多くは、若いころの仕事でアスベストに触れた方です。労災や救済制度の話が家で出ることがあり、がん相談支援センターにつなぎます。
SECTION 05 薬価と自己負担:先発品約13万円、後発品約5万円
アリムタ注射用は500mgが75,061円、100mgが18,621円。後発品は500mgで30,295〜36,314円です(薬価基準、令和8年8月13日適用)。 標準量(体表面積1平方メートルあたり500mg)なら1回およそ800mgで、先発品で約13万円、後発品で約5万円。3週間ごとに続けます。
一次治療でペムブロリズマブ(第40回)を組むと、そちらが1回数十万円になり、月の医療費は数十万〜100万円を超えます。 3割負担なら高額療養費の上限に達し、70歳未満・年収約370〜770万円で月85,800円+1%、4か月目から44,400円。70歳以上・一般なら外来月22,000円です(第1回の表1)。
「ビタミンを飲む」が治療の一部だと、覚えてほしい。
副作用を減らす方法が「薬を減らす」ではなく「ビタミンを足す」だった薬は、珍しいと思います。 試験の途中で重い副作用の理由を見つけ、全員に葉酸とB12を補うようにした。その一手で、この薬は外来で3週間ごとに受けられる薬になりました。
だから家では、葉酸の小さな錠剤が、点滴と同じくらい大事です。「ビタミンだから飲み忘れても」ではありません。 蝶の羽の色素から半世紀かけて生まれた薬を、家で支えるのは、毎日の1錠です。
「この薬、家ではどう気をつければいいですか」と聞ける主治医を、持ってください。
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Q&A よくある質問
この回のチェックリスト(第12回ぶん)
- 葉酸をお薬カレンダーの毎日の枠に入れ、B12の注射の日を貼った。
- 発疹を防ぐステロイドの飲み方(前後)を確かめた。
- 空咳・息切れ・微熱は日数に関係なく連絡すると決めた。
- 点滴の1〜2週間後の発熱の連絡先を貼った。
- 市販の痛み止めを使う前に、薬局に相談すると決めた。
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電話番号や制度の内容は変わることがあります。最新の内容は各ページでご確認ください。治療中の方も、治療を終えた方も、ご家族だけでも相談できます。
- 治療を受けている病院の外来・化学療法室副作用が出たとき、まず連絡する先です。夜間や休日の連絡先は、治療の説明書や「治療日誌」に書かれていることが多いので、目につく場所に貼っておいてください。
- がん相談支援センター治療や薬のこと、お金や仕事のことを無料で相談できます。県内すべてのがん拠点病院にあり、その病院にかかっていなくても利用できます/福岡県「福岡県内のがん拠点病院がん相談支援センター」
- がん情報サービス(国立がん研究センター)がんの種類ごとの標準治療と、使われる薬の情報を、公的機関がまとめています/ganjoho.jp
- くすりのしおり(くすりの適正使用協議会)処方された薬の飲み方・注意・副作用を、薬の名前で調べられる患者向けの情報です/rad-ar.or.jp/siori
- 高額療養費制度の窓口(加入している健康保険)1か月の自己負担に上限を設ける制度です。会社の健康保険組合・協会けんぽ・市区町村の国民健康保険・後期高齢者医療広域連合など、保険証(資格確認書)に書かれた保険者に申請します。マイナ保険証を使えば、窓口での支払いが最初から上限額までになります/厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
- かかりつけ薬局の薬剤師飲み薬の抗がん剤と、ほかの薬・サプリメント・食べ物との飲み合わせは、薬局で確かめられます。お薬手帳を1冊にまとめておくと早いです。
REFERENCE 参考資料
- 日本イーライリリー「アリムタ注射用100mg・500mg 添付文書」2025年7月改訂(販売開始2007年1月・2009年9月)(https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/530471_4229401D1020_1_17)
- 日本イーライリリー「アリムタ注射用 医薬品インタビューフォーム」(開発の経緯:1992年臨床試験開始、葉酸・B12併用、2004年米国承認、2007年1月・2009年5月日本承認)(https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/530471_4229401D1020_1_1F.pdf)
- 厚生労働省「薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和8年8月13日適用)」(https://www.mhlw.go.jp/topics/2026/04/tp20260401-01.html)
- Princeton University. Princeton chemist Edward C. Taylor, inventor of anti-cancer drug, dies at 94. 2017年11月29日(https://www.princeton.edu/news/2017/11/29/princeton-chemist-edward-c-taylor-inventor-anti-cancer-drug-dies-94)
- Niyikiza C, et al. Pemetrexed safety and dosing strategy. Semin Oncol. 2002;29(6 Suppl 18):24-29(https://doi.org/10.1053/sonc.2002.37465)
- Vogelzang NJ, et al. Phase III study of pemetrexed in combination with cisplatin versus cisplatin alone in patients with malignant pleural mesothelioma. J Clin Oncol. 2003;21(14):2636-2644(https://doi.org/10.1200/JCO.2003.11.136)
- Scagliotti GV, et al. Phase III study comparing cisplatin plus gemcitabine with cisplatin plus pemetrexed in chemotherapy-naive patients with advanced-stage non-small-cell lung cancer. J Clin Oncol. 2008;26(21):3543-3551(https://doi.org/10.1200/JCO.2007.15.0375)
- Paz-Ares LG, et al. PARAMOUNT: final overall survival results of the phase III study of maintenance pemetrexed versus placebo immediately after induction treatment with pemetrexed plus cisplatin for advanced nonsquamous non-small-cell lung cancer. J Clin Oncol. 2013;31(23):2895-2902(https://doi.org/10.1200/JCO.2012.47.1102)
- Gandhi L, et al. Pembrolizumab plus chemotherapy in metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2018;378(22):2078-2092(https://doi.org/10.1056/NEJMoa1801005)
- 国立がん研究センター がん情報サービス「肺がん 治療」2026年8月26日更新(https://ganjoho.jp/public/cancer/lung/treatment.html)

